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    読売新聞の読書委員らによる書評のコーナーです。
    評・服部文祥(登山家・作家)

    『殺人の人類史 上・下』 コリン・ウィルソン、デイモン・ウィルソン著

    文明の中の暴力性考察

     人間は自分の中に潜む暴力性を知っている。「死ね」と簡単に口にし、時には他人を亡き者にする可能性に思いを巡らせる。だからこそ、本書にちりばめられた考察は興味深い。

     共同著者の一人コリン・ウィルソンは20世紀を代表するイギリスの思想家である。犯罪や人間の暴力に関して、洞察に富む著書を多数残した。本書はそのコリンが死の直前まで手がけていた原稿を息子のデイモンが引き継いだもの。

     まず上巻では、息子のデイモンが、我々人類が続けてきた同族同士の殺し合いを歴史的に俯瞰ふかんする。類人猿の本能、テリトリーや繁殖、先史時代の部族闘争、復讐ふくしゅう、宗教、ローマ時代から現代までの戦争、犯罪はもちろん、虐殺、ホロコースト、内戦、銃の所持(銃の数と誤射事故の数は比例する)、警察官の暴力、紛争、奴隷、少年兵の残虐性、はてはタバコの健康被害が確認されているのに販売を続ける政策さえも「殺人」の一部としてまな板に上がる。

     博識とデータを融合させたエピソードが内容を引き締めている。ただ、第二次世界大戦における日本軍やナチスが行ったことに関しては、力が入りすぎのようだ。

     下巻がコリン遺作である20世紀の連続殺人犯たちの物語。充分な知性を持つのに犯罪を繰り返してしまうシリアルキラーのおぞましい性向を分析することで、人間の根源的な暴力がどのように表層に現れるかに迫っていく。統計的には猟奇殺人は減少しており、近い将来にほぼなくなるだろうというのがコリンの予想だ。

     人類の暴力性を減退させているのは、豊かで平等な社会らしい。たとえば男女平等になれば、女性の地位が上がる→女性の好みや判断が社会に影響を及ぼす→暴力性は否定される、という展開である。コリンの遺言を信じるなら、人類は衣食足りてようやく礼節を知ろうとしているのかもしれない。文明は紆余曲折うよきょくせつのすえ、ひとつの到達点に至ろうとしている。松田和也訳。

     ◇Colin Wilson=1931年英国生まれ。著書に『現代殺人百科』。

     ◇Damon Wilson=ロンドン在住の作家。

     青土社 上3200円 下3000円

    2017年02月27日 05時26分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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