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    読売新聞の読書委員らによる書評のコーナーです。
    評・稲泉連(ノンフィクションライター)

    『本屋、はじめました』辻山良雄著/『ローカルブックストアである』大井実著

    小さな書店の持つ力

     東京・荻窪の駅から少し離れた場所に、「Title」という名の小さな書店がある。店主は一昨年に惜しまれつつ閉店したリブロ池袋本店の元書店員。全国で書店が次々に消え続ける昨今、個人が新刊書店を始める例は極めて珍しく、昨年1月の開業は本好きの間で話題となった。『本屋、はじめました』はその店主本人が、これまでの道程をつづった記録である。

     読後、自らの仕事を愛し、真剣に取り組む人の姿は魅力的だ、としみじみ思う。そして、無性に本屋へ行きたくなる。真新しい本のインクや紙の匂いに包まれながら、棚を眺めたり、気になる一冊を手に取ったり……という自分だけの時間を過ごしたくなる。

     ただ、本書を書店好きの人のみに向けられた作品と捉えるのはもったいないだろう。何よりこの本の面白さは、小さな店を一人で作り上げること、新しい街で何かを始めることの醍醐だいご味を追体験させてくれるところにあるからだ。

     その意味で福岡にある15坪の新刊書店「ブックスキューブリック」の店主・大井実氏が、開業からの15年間を回想する『ローカルブックストアである』もまた、同じ醍醐味を感じさせてくれる。39歳の時に発起して新刊書店を作った大井氏は、街を巻き込んでのブックイベントを主宰するようになる。彼はいかにして「店づくり」を「街づくり」へとつなげていったのか。その足取りや工夫の数々は、偶然にもほぼ同時に出版された前述の「Title開業」の物語と確かに共鳴している。

     「開業」と「15年」――。

     二つの記録から見えてくるのは、それらの店が彼らにとって、人生のある時期に培った経験や気づきを総動員した一つの表現だったことだ。本や店への細やかなこだわりが誰かの思いと響き合い、次第に街の日常を少しだけ変えていく。小さな書店の持つそんな力を、二人の店主は事実をもって語らしめている。

     ◇つじやま・よしお=1972年、神戸市生まれ。
     苦楽堂 1600円

     ◇おおい・みのる=1961年、福岡市生まれ。
     晶文社 1600円

    2017年03月13日 05時24分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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