文字サイズ
    読売新聞の読書委員らによる書評のコーナーです。
    評・奈良岡聰智(政治史学者・京都大教授)

    『人種戦争という寓話』 廣部泉著

     一九世紀後半から、欧米諸国の間で、黄色人種の台頭を懸念する「黄禍論」が唱えられた。一方日本では、アジア諸民族の連帯を説く「アジア主義」が主張された。著者は、この二つの思想は「コインの裏表」のようなものだったと指摘する。そして、両者が互いに影響し合いながら、人種主義的な言説が拡大し、やがてアジア太平洋戦争に至った過程を解き明かしている。

     ジョン・ダワー『容赦なき戦争』(平凡社ライブラリー)をはじめ、アジア太平洋戦争を「人種戦争」と捉える作品は少なくない。しかし著者は、満州事変以降の日本政府でアジア主義的志向が強くなったのに対して、アメリカの政策決定者たちは、世論や政府の一部に常に存在していた黄禍論的志向から距離を取っていたと結論づけている。人種的言説は、日米開戦の決定的要因ではなく、両国の対立をあおり立てた「寓話ぐうわ」(風刺やたとえ話)であったというのが、著者の見立てである。

     近年世界では、人種主義的言説が蔓延まんえんしている。それらが政治的に悪用された時に何が起こるか、さまざまな想像をかき立てられる。

     名古屋大学出版会 5400円

    2017年03月13日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
    大手町モールのおすすめ
    帆布鞄
    リンク