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    読売新聞の読書委員らによる書評のコーナーです。
    評・伊藤亜紗(美学者・東京工業大准教授)

    『絵画の歴史』 デイヴィッド・ホックニーほか著

    美術史が人類学に接近

     テート・ブリテンで大回顧展が開催中のホックニー。書名の原語はPicturesだから、「絵画」だけでなく写真、アニメーション、映画、水墨画などをも含む「画像」一般の歴史書だ。洋の東西もジャンルも超えて「三次元を二次元にする技法」を探求するその野心は、アクリル絵画、ポラロイド写真のコラージュ、ファックスによる素描、合成写真など、その時代のテクノロジーを旺盛に取り入れてきた美術家にふさわしい(ちなみに表紙はiPadで制作)。

     前著『秘密の知識』の成果が、批評家ゲイフォードという対談相手を得て深められ、敷衍ふえんされる。どんな画像も、二人の眼差まなざしの前ではその来歴を暴かれてしまうのだ。それがどんな技法によって作られたか、そしてどんな道具によって作られたか。ラファエロの画面が整然としているのは、「活版印刷の普及により紙の値段が下がり、画家が構図を練るために使える紙の数が増えたため」。他方でカラヴァッジョの描く人物相互の位置や視線がみ合っていないように見えるのは、「一人ずつ描き、それを後からフォトショップのようにコラージュしたから」。空間的な整合性を犠牲にしてでも、画中の人物と同じ部屋に居るような迫真性を、見る者に与えようとしたのである。

     近年の状況に目を移すと、写真のステイタスが大きく変化している。デジタル化が進み、誰もが容易に加工できるようになった今、写真はもはや「真実を写す」ものではなくなりつつある。ホックニーが言うように、「写真は絵画から生まれ、絵画に戻っていく」のかもしれない。歴史の書でありながら、単線的な歴史観をくつがえす数多あまたのインスピレーション。それにしても、世界を画像として所有したいという人間の欲望のいかに深く、文化と技術の枯れることなき源泉であることか。画像という視点を通して、美術史が人類学に接近する。木下哲夫訳。

     ◇David Hockney=1937年英国生まれ。美術家。絵画、舞台装飾、写真、版画などを駆使して制作している。

     青幻舎 5500円

    2017年03月20日 05時24分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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