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    読売新聞の読書委員らによる書評のコーナーです。
    評・苅部直(政治学者・東京大教授)

    『中国の誕生 東アジアの近代外交と国家形成』 岡本隆司著

    現代外交に投じる警告

     「中国」はいつ「誕生」したのか。この本の表題だけを見ると、古代史の本と勘違いする人もいるかもしれない。しかし副題は「東アジアの近代外交と国家形成」である。前近代の東アジアにおいて、西洋人からチャイナと呼ばれた政治的な秩序体は、近代型のネイション観・国際関係像とは異なる世界観と言葉の体系によって、みずからをとらえていた。

     本書では、清朝の外交文書に登場する「中国」の自称に「われわれ」とルビを振って、そのニュアンスを表示している。伝統的な考えによれば、チャイナは世界の秩序と文化の中心であり、その周縁に属する諸地域とそれぞれ個別に関係を結ぶが、その性質は原則として周縁の国がチャイナに服属する上下関係である。したがって史料に登場する「中国」の語を、現在にあるような国際社会のなかの主権国家の一つとして理解すると、当事者の意識からは大きく離れてしまう。

     それが十九世紀後半になって、近代型の国際関係に組みこまれることを通じて、みずからを、ほかの国々と並ぶ一つのネイションとしての「中国」ととらえるように変わったのである。琉球・ベトナム・朝鮮といった、清朝がいわゆる「属国」とみなしていた地域の帰属をめぐって、日本や西洋諸国とのあいだに論争が生じる。その過程でチャイナは、「主権」と「領土」を有するネイションとして「中国」と自称するようになり、中華民国の成立によってそれは確立する。

     著者による綿密な史料分析が明らかにするのは、ネイションとしての一体性にこだわり、「領土」を外からの介入に抗して保全すべきものと考える、現在にまで至る「中国」の独自の自己像である。その点に関する理解がないかぎり、日中・日台関係も東アジアの国際秩序も、上手に運営することはできない。歴史研究が現代外交に投じる深い警告である。

     ◇おかもと・たかし=1965年生まれ。京都府立大学教授。『属国と自主のあいだ』でサントリー学芸賞。

     名古屋大学出版会 6300円

    2017年03月20日 05時25分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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