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    読売新聞の読書委員らによる書評のコーナーです。
    評・納富信留(ギリシャ哲学研究者・東京大教授)

    『理性の起源』 網谷祐一著

    もっとも大きな謎

     宇宙に知的生命体がいるだろうかという問いに、科学者はあまり楽観的ではないようである。いや、知的生命体は確かに存在する。この地球にいる人間、この問いを問うている私たちである。だが、人間はどのように理性を獲得して知的になったのか。答えを急いではいけない。進化の謎は深いが、そこであれこれ考えるのが哲学なのだ。

     人間を「理性を持つ動物である」と定義したのは、古代ギリシアの哲学者アリストテレスだったが、彼は人間が進化して理性を獲得したとは考えていなかった。現代の進化論、それを扱う科学哲学は、どう考えるのか。本書は認知科学や生態学や比較心理学の知見を使いながら、この問題に挑む。

     いや、待て。著者は問う。「理性」は手放しで褒められるものなのか。人間は生存競争に必要なだけの、実用的な理性を持つものではない。とんでもない過ちを犯したり、論理的に正しい答えを聞いても受け入れなかったりする。かと思うと、相対性理論のように、あまりに高度で生存に関係のない科学的知識を発展させたりする。理性の進化への問いは、こうして「理性とはそもそも何か」という疑問を呼び起こす。最新科学の実験や観察によって、理性の実像が少しずつではあるが解き明かされる。本当に分かっていなかったのは、当たり前と思われていた人間の「理性」だったのだ。

     こうして人間理性の愚かさ、賢さを考え、それが動物から進化してきたさまを想像しながら、評者はふと思う。理性の起源を問い、想像力を働かせて思考しているこの議論こそ、進化の結果として説明するのがもっとも困難な対象ではないか。こんなことを考えてしまう無駄と過剰さが、理性なのだ。自己のあり方を反省する哲学、それは超越する理性の特権である。そう、もっとも大きな謎を持つ知的生命体は、私たちだったのだ。

     ◇あみたに・ゆういち=1972年生まれ。東京農業大准教授(科学哲学)。共著に『進化論はなぜ哲学の問題になるのか』など。

     河出ブックス 1700円

    2017年04月17日 05時22分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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