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    読売新聞の読書委員らによる書評のコーナーです。
    評・土方正志(出版社「荒蝦夷」代表)

    『鮪しび立たちの海』 熊谷達也著

    三陸の海と人の叙事詩

     東北三陸沿岸の港町、仙河海せんがうみ。一人の漁師の戦前から戦後にかけての成長物語である。船頭の父に憧れて船に乗り組むその軌跡に、動乱の時代が刻印される。戦時、漁船も船員も海軍に徴用されて銃火を浴び、海の藻屑もくずと消え、港町は米軍の艦砲射撃にさらされる。戦後の遠洋漁業、海の国境線を越えた漁師たちが、太平洋を縦横無尽に駆けめぐる。豪快に勇壮に激動と悲劇の時代を乗り越える男のそんな物語なのだが、本作は仙台市在住の作家・熊谷達也が東日本大震災を経て描き続ける〈仙河海〉シリーズ最新作だ。

     著者は一九九〇年代を宮城県気仙沼市で中学教師として過ごした。仙台で作家となって、そして東日本大震災。架空の港町〈仙河海〉は気仙沼そのものといっていい。かつての教え子たちが生活を破壊され、日々呻吟しんぎんする中でつづられたこのシリーズ、本作のほか七作が刊行されている。明治以降の近代漁業基地への歩みを追い、戦乱から高度経済成長の昭和を経て、やがて「あの日」を迎える〈仙河海=気仙沼〉。国家と自然に翻弄ほんろうされて、それでも生活は続く。祖父母から子へ孫へと登場人物たちの血脈も(つな)がって、シリーズは未来にも及ぶ。

     あの日、津波と火災に蹂躙じゅうりんされた三陸の港町に、どんな歴史が、暮らしがあったのか。著者はそれを三陸を知らない読者に物語る。気仙沼の、被災地の読者へ、どんなに過酷であっても日々を繋ぐ希望を伝える。なにより被災地に暮らす著者にとって、このシリーズは自らの再生への道程であったかもしれない。

     本作でシリーズ第一期が終わるが、著者はまだ「あの日」を直截ちょくせつに描いていない。「あの日」の物語は、やがて書かれるはずだ。歴史小説、恋愛小説、青春小説と、シリーズはそれぞれ独立して読める。本作に続いてシリーズを手に取れば、そこに三陸の海と町と人の叙事詩がある。

     ◇くまがい・たつや=1958年生まれ。『漂泊の牙』で新田次郎文学賞。『邂逅かいこうの森』で山本周五郎賞、直木賞。

     文芸春秋 1950円

    2017年04月17日 05時27分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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