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    読売新聞の読書委員らによる書評のコーナーです。
    評・尾崎真理子(本社編集委員)

    『単調にぼたぼたと、がさつで粗暴に/小説』 四元康祐著

    同時代からめ捕る調べ

     故大岡信が「コンピュータ時代のアンニュイとウィット」を30年前に見出みいだした詩人は、今もドイツで製薬会社の経営を担っている。同時刊行された2冊の詩集は、もはや物憂い機知では覆いきれないハードな現実を、感情と思想と経験の言葉を尽くして捉えようとしている。

     『単調にぼたぼたと、がさつで粗暴に』は、前作『現代ニッポン詩(うた)日記』の発展形。あえて日本人にしか通じない内向きの表現ばかりをネット上でからめ捕っては、納豆のように粘っこく、離れた故国の現況を一連、一作に練り上げた労作がにぎやかに並ぶ。

     〈人工知能には礼節と羞恥心を調教せよ!/萎えかけた末梢神経に宿るやおよろずの欲望をコスプレせよ!(中略)たとえそれが人類の普遍的な価値には無縁であっても、忘れるな/文明史上最も清潔な肛門ウォシュレットを実現した民族である誇りを!〉――「ニッポン万歳」

     一方の詩集『小説』では、同時代の全世界的な現象に即した思考実験が、こちらも熱心に、それでいて静かに繰り広げられている。

     〈犯行現場に残されていた/逃走中のロボットの直筆(!)による詩稿の一節//「人よ知れ、心から詩が溢れ出るのではない、/書かれた詩の字面に心が宿るのだ」〉――「ipoet」

     〈詩人さん、お馬鹿さん/一瞬のあとは/永遠だって思いこんでる/本当はその中間こそ肝腎なのに/そこでしかあたしたち生きられないのに〉――「蟻の歌」

     七五調からも遠く離れているのに、懐かしい日本語の調べもふと紛れ込んでいる。

     ダンテ、ゲーテ、芭蕉、中也……。それぞれの「現代」に汚染されても、なお養分を得て生き延びたのが詩の言葉だと四元は書く。右に左に如才のない会釈をしながら〈私は生き延びるだろう〉と。そんな詩人の気概から、同時代の私たちは決して軽くはない、生きる勇気を手渡されるのだ。

     ◇よつもと・やすひろ=1959年生まれ。詩集に『つぐみの午後』(萩原朔太郎賞)、『日本語の虜囚』(鮎川信夫賞)。

     思潮社 各2400円

    2017年05月15日 05時24分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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