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    読売新聞の読書委員らによる書評のコーナーです。
    評・青山七恵(作家)

    『最愛の子ども』 松浦理英子著

    教室内の愛の疑似家族

     「すごく人気がある伝承は、語り継がれるうちにみんなの欲求に合わせていろんな要素がつけ加えられて、辻褄つじつま合わせもそっちのけでどんどんふくらんで行くの」。本書の語り手「わたしたち」の一人はそう言う。彼女たちが選んだ伝承の主人公は仲むつまじい女子高生三人組、日夏ひなつ=「パパ」、真汐ましお=「ママ」、空穂うつほ=「王子様」。この疑似家族をクラスメイトの「わたしたち」は〈わたしたちのファミリー〉と名付け、崇拝にも近い眼差まなざしをもって見守りながら、その物語の起源から途絶までを紡いでいく。

     少女三人が教室内で築く関係は、現実の家族生活で彼女たちを苦しめる硬直した「家族らしさ」からは遠い。三人を結ぶ紐帯ちゅうたいは既に名づけられた関係性の枠組みから生まれるものではなく、ただひたすら、互いをかまいたい、可愛かわいがりたい、という皮膚感覚のうちにあるようだ。日夏と真汐が空穂の体を愛撫あいぶし戯れる光景には、動物の親子のグルーミングにも似た微笑ほほえましく素朴な趣がある。とはいえそこに何とも名状しがたい甘やかな逸脱の気配を感じてドキドキしてしまうのは、その光景が「わたしたち」の放縦ほうしょうな視線を介在して語られるからだろうか。収集した多くのエピソードを「捏造ねつぞう」と評してはばからない彼女たちは、より社会に受容されやすい平坦へいたんな物語には見向きもせず、疑似家族のロマンスを通して自分たちだけのために喜ばしい、愛し甲斐がいのある世界を想像力によって立ち現そうと孤独な奮闘を続ける。道なき道の先を凝視し、自分の望むものの正体を突き止めようとする彼女たちの探求の歩みが、読む者の易きに流れる心までをも鮮やかに踏み荒らしていく。

     一読者として松浦氏の著作に触れるたび、手中にある関係性の地図が吹っ飛ばされるような目眩めまいと歓喜を覚えてきた。そして今新たに「わたしたち」から手渡されたように思うのは、代わりの地図ではなく、再び長い道を歩み出すための丈夫な靴なのである。

     ◇まつうら・りえこ=1958年愛媛県生まれ。『親指Pの修業時代』で女流文学賞。『犬身』で読売文学賞。

     文芸春秋 1700円

    2017年06月19日 05時27分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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