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    読売新聞の読書委員らによる書評のコーナーです。
    評・納富信留(ギリシャ哲学研究者・東京大教授)

    『ヨハネス・コメニウス』 相馬伸一著

    理論と実践と宗教と

     ある人物に会ってみたい、活躍を知りたいと思うことがある。学説や理論よりも、その言葉や活動が見たい。汎知はんち学(パンソフィア)の理念を掲げ、「生ける印刷術」という心の教育を提唱した光の哲学者コメニウスは、そんな一人である。教育学で知られてきたこの人物の全体像が、本書で初めて魅力的に示された。

     チェコ出身のコメニウスは、17世紀にイギリス、ポーランドなどヨーロッパ各地で活動し、晩年はオランダで過ごして、星形要塞ようさい都市ナールデンに眠る。多彩な著作を執筆し、様々な人物と交際した波乱の人生。理論と実践と宗教を総合する「パンソフィア」が中心にあった。すべて(=パン)の知(=ソフィア)、つまり「あらゆる者に、あらゆることを、あらゆる側面から」という知の理念である。それを実現するのが、言語を通じた魂の転回であり、学識、徳性、敬虔けいけんを目指す開かれた人間の教育であった。

     近代哲学を創始した4歳年少のデカルトは、パンソフィア理念を批判したが、生涯一度だけ面会している。50歳のコメニウスがスウェーデンに向かう途上で立ち寄ったオランダ・ライデン郊外で、2人は4時間ほど和やかに語り励まし別れた。デカルトはこう付け加えたという。「私は哲学を越えてはいかない。だから、私に残るのはあなたが扱われる全体の部分にすぎません」。コギト(我思う)から哲学原理を打ち立てたデカルトは、自分の学問とは異なる世界の豊かさと、はるかな射程を認めていた。

     総合的熟議の意義を訴え、平和神学から宗教間の調停を図る。予言に傾倒して普遍言語を構想する。生前からの毀誉褒貶きよほうへんは、死後の評価の変遷にもつながった。けっして一筋縄で辿たどれないこの人物が、今日の世界に投げかける問いは大きい。世界を無数の小さな迷宮からなる大きな迷宮にたとえたコメニウス。心の理想郷へ、本書を道案内に彼と共に遍歴する知の旅に出かけよう。

     ◇そうま・しんいち=1963年生まれ。広島修道大教授。専攻は教育学。著書に『教育思想とデカルト哲学』など。

     講談社選書メチエ 1850円

    2017年06月19日 05時24分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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