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    読売新聞の読書委員らによる書評のコーナーです。
    評・稲泉連(ノンフィクションライター)

    『僕が殺した人と僕を殺した人』 東山彰良著

    台湾の三少年、夏の記憶

     著者の東山氏は幼少期を台北で過ごした台湾生まれの作家である。直木賞を受賞した『りゅう』がそうであったように、本書も自身のルーツであるその台湾を舞台とした長編小説だ。

     ときは1980年代。語り手の「ぼく」であるユン、牛肉麺屋の息子・アガン、喧嘩けんかぱやいジェイの3人の少年が、13歳のひと夏を一気に駆け抜けていく。兄を亡くしたばかりのユンは、心を病む母親の療養で両親が不在となり、幼馴染おさななじみのアガンの家に居候の身。不良少年のジェイもまた、家庭にややこしい問題を抱えている。3人は葛藤や苛立いらだちをそれぞれ胸に秘めながら友情を育み、若さゆえの鬱屈うっくつを世の中へぶつけるように行動をともにする。

     一方、少年たちの物語に差し挟まれるのが、約30年後の2016年の冬、デトロイトの街を訪れる「わたし」の回想だ。その弁護士の男は逮捕された連続殺人鬼「サックマン」に接見し、台湾時代の思い出を語る。では、この「わたし」とはいったい誰なのか。そして、なぜ彼は「サックマン」の弁護を引き受けようとしたのか。回想は次第に30年前の物語と意外な形で重なり、ついには3人の少年のある計画の辿たどった決定的な顛末てんまつが明かされていく――。

     たくみなストーリー展開の妙もさることながら、著者の描く台湾の街の躍動的な姿に強くかれるものがあった。狭い牛肉麺屋で煮立つ八角とスープの香り、街の雑踏や妖しげなびょう、生い茂るガジュマル、匂い立つ夏の空気と人々の騒がしさ。目の前にありありと浮かぶような描写の数々は、著者自身が故郷とのかかわりの中で見続けてきた情景であるに違いない。

     決して戻ることのできない、今では損なわれてしまった過去の記憶。街を疾走する少年たちの姿に、痛快さと切なさがない交ぜになった感情を呼び起こされる。読後、この著者にしか書けなかっただろう小説を堪能した、という満ち足りた気持ちを抱いた。

     ◇ひがしやま・あきら=1968年台湾生まれ。2009年『路傍』で大藪春彦賞。15年『流』で直木賞を受賞。

     文芸春秋 1600円

    2017年07月10日 05時26分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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