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    読売新聞の読書委員らによる書評のコーナーです。
    評・納富信留(ギリシャ哲学研究者・東京大教授)

    『昭和天皇をポツダム宣言 受諾に導いた哲学者』 山内廣隆著

     西晋一郎にししんいちろう(1873~1943)、広島文理科大学で長年教えた戦前の代表的哲学者で、戦況が悪化に向かう昭和18(1943)年1月に昭和天皇に御進講している。主題は『論語』の顔淵篇がんえんへん。政治のあり方を問われた孔子は、食と兵と信のうち、やむを得ない場合は兵(軍備)を捨て、次に食(経済)を捨てても「たみしん無ければ立たず」と答えた。西は敗戦をまたずに病死するが、この教えが天皇の心に残り戦争終結につながったと、鈴木貫太郎に語ったとされる言葉から著者は推定する。

     京都大学の西田幾多郎きたろうと並び称せられた西は、皇国思想、国体思想を推進した中心人物として、戦後社会でも学界でも完全に無視される。本書は彼の思想を「信、教育」を焦点に批判的に検討しながら、戦前の日本で哲学が果たした役割と問題を反省する試みである。日本が引き起こした戦争に一端の責任を持った哲学者は「きれいなこと」を追求する善良でまっすぐな人物であった。著者はその両義性に問題の本質を見る。だが、その過去に真剣に向き合わなければ、日本はいつか来た道を辿たどることになろう。

     ナカニシヤ出版 1800円

    2017年07月17日 05時21分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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