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    読売新聞の読書委員らによる書評のコーナーです。
    評・出口治明(ライフネット生命創業者)

    『音楽と沈黙1、2』 ローズ・トレメイン著

    奏でられる様々な愛

     三十年戦争に介入し一敗地にまみれたデンマーク王、クレスチャン4世。戦で親友をも亡くしローセンボー城で塞ぎこむ王のもとに、イングランドから美貌のリュート奏者ピーターが訪れる。王はピーターを天使かと見紛みまがい囲い込む。音楽が好きな王は宮廷楽団を抱えているが、楽団は沈黙の地下室で演奏し特殊なパイプを通じて王の居間にたえなる調べが流れるようになっている。

     若い王妃、キアステンの心はとっくに王から離れている。キアステンはドイツ人貴族と密通し官能に溺れている。富裕な地主ヨハンの娘、エミリアは末の弟マークスが生まれた直後に母を亡くす。エミリアとマークスは継母マウダリーナに馴染なじめないが、愛欲のとりことなったヨハンはキアステンの侍女としてエミリアを奉公に出す。善良なエミリアに慰めを見出みいだしたキアステンはエミリアを囲い込む。そしてローセンボー城でエミリアを見初めたピーターは運命的な恋に落ちる。そう、本書は歴史という空間をかした愛の物語なのだ。

     本書には様々な世俗の愛の形が登場する。キアステンに執着する王の愛、天上の音楽を夢に見て我を失ったアイルランドの地主ジョニーと沈黙を余儀なくされる妻フランチェスカの愛、ジョニーを助けるべく招かれたピーターとフランチェスカの愛。いずれも丁寧な仕掛けが施され、読者を飽きさせない。それらを借景として、寡黙なピーターとエミリアの純愛が控えめにつづられる。

     キアステンは不義の子を宿して宮廷を追われる。もちろん、エミリアを手放すはずはない。王と王妃に囲い込まれ離れ離れになった2人の恋の行方はどうなるのだろうか。ページを繰らずにはいられない。デンマークとイングランドとアイルランドを舞台に、登場人物の手記や手帖てちょうなどを巧妙に織り交ぜながら過去と現在を自由に行き来して物語が紡ぎ出される。優れた小説はそのまま映画になると言われているが本書も映画化が決定したそうだ。渡辺佐智江訳。

     ◇Rose Tremain=1943年ロンドン生まれ。小説家、前イースト・アングリア大総長。著作に『道化と王』。

     国書刊行会 各2200円

    2017年07月17日 05時20分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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