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    読売新聞の読書委員らによる書評のコーナーです。
    評・青山七恵(作家)

    『林檎の木から、遠くはなれて』 トレイシー・シュヴァリエ著

    開拓時代、人と樹木の旅

     十九世紀のアメリカ開拓時代、新天地を求めてオハイオ州のブラックスワンプという沼地に居を定めた一家があった。ジェイムズとサディのグッディナフ夫妻とその子どもたちである。苦労して開墾した土地にリンゴの木を植え果樹園を営む一家だが、厳しい環境下で重なる疲労と孤独からジェイムズの神経はすさみ、妻のサディはリンゴ酒に溺れ、夫婦仲は年々悪化するばかり。そんな中、ある事件をきっかけに一家の末息子のロバートは果樹園を飛び出し、西へ向かって終わりのない旅に出ることになる――。

     物語は以後ロバートが辿たどる数奇な運命に沿って進んでいくが、たびたび示唆される故郷に対する思慕と後悔の念にはどこか暗い影が差す。とはいえ彼がカリフォルニアの森で「ジャイアントセコイア」という巨木と出くわしてからの冒険には、ワクワクせずにはいられない。「根元は丸太小屋ひとつ分くらいの幅」、「いちばん低い枝でも地上30メートルくらいのところ」にあるというこの巨木群に出会って以来、彼は珍しい植物を採集して海外に売るプラントハンターとして働き始めるのだが、発見の喜びに満ちあふれた旅の道行きに植物好きの読者ならきっと胸を躍らせるはずだ。また、グッディナフ家にリンゴの苗木を売った行商人のジョン・チャップマン、ロバートを雇った先輩プラントハンターのウィリアム・ロブが実在の人物であるという点も興味深い。巧妙な語り口にぐいぐい引っぱられて読み進めるうち、どれほど困難な状況にあっても必死で未来に進もうとした一家族の歴史は、かつて大陸間を行き来した現実の植物の歴史に確かに重なっていることに気づく。

     訳者のあとがきによると、物語誕生のきっかけとなったのは著者シュヴァリエ氏の「樹木に対する興味と愛着」とのこと。旅する人間の小説であると同時に旅する樹々の小説でもある本書を、ぜひ同じ興味と愛着を持つ方々にお勧めしたい。野沢佳織訳。

     ◇Tracy Chevalier=1962年米国生まれ。著書に『真珠の耳飾りの少女』など。

     柏書房 2200円

    2017年07月17日 05時26分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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