文字サイズ
    読売新聞の読書委員らによる書評のコーナーです。
    評・青山七恵(作家)

    『囚われの島』 谷崎由依著

    夢と繭から紡ぐ魂

     紡がれる言葉の向こうがわに、絶えずこちらの心を引っぱって離さない何ものかがある。目を見開いて正体をつかみたいような、あるいは目をつむり、その何ものかに宿るほのかな温みにひたすら身を委ねていたいような……。名状しがたい心持ちでページを繰るうち、いつしかこの謎多い物語にすっかりとらわれてしまう。

     冒頭に語られるのは、月夜の海原を島に向かって進む一そうの小舟の情景だ。それは主人公の由良が見る夢であり、彼女が出会った盲目の調律師、徳田の見る夢でもある。どうやら二人は同じ夢を島の内と外から見ているらしい。新聞記者として社会を見つめ、そして見つめ返されることにどこか傷ついてもいる由良は、やがて失った記憶と夢が重なる深淵しんえんへと沈み込んでいく。その暗みの奥から響くのは、かつて蚕都さんとと呼ばれた養蚕の村に生きた女性の独り語りだ。そこには自らの肌の上で蚕の卵をかえす美しい少女がおり、村人から恐れあがめられた「島」があった。万葉集の相聞歌そうもんか、養蚕の神おしらさま、迷宮に閉じこめられた怪物ミノタウロス……いにしえの人々の口のに上った様々な言い伝えが名もなき村の一少女の運命へと収斂しゅうれんしていき、気づけば冒頭の海原の情景が再び目の前に広がっている。舟を打つ波音の一つ一つが耳にこびりつくような、たおやかでいて濃密な描写からあふれ出すその不穏な美しさに思わず息をむ。

     時代と場所を超え、反響しあう様々の声からるこの物語の底から徐々に浮かびあがってくるのは、太古の昔から連綿と受け渡されてきた一つの清廉な魂のようなものだ。もしくは、粗野な社会から爪弾つまはじきにされ、犠牲にされ、それでも損なわれなかったかぼそい光のようなもの。少なくとも、そういうものがあると信じてみたくなる。小さなまゆから丹念に紡がれた繊細ながらも強い糸さながらに、この静かな物語は読み手の心にそっと結びつき、はるか彼方の過去、未来との連環をしてひそやかに輝く。

     ◇たにざき・ゆい=1978年生まれ。作家、翻訳家。著書に『舞い落ちる村』。訳書に『喪失の響き』など。

     河出書房新社 1600円

    2017年07月31日 05時28分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
    大手町モールのおすすめ
    帆布鞄
    リンク