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    読売新聞の読書委員らによる書評のコーナーです。
    評・安藤宏(国文学者・東京大教授)

    『漱石と日本の近代 上下』 石原千秋著

     漱石について数多くの書のある著者だが、これまでの仕事の集大成、とのことわりがある。たしかに漱石の代表作に関して、石原氏の読み方を的確に知りたいと思ったとき、まず真っ先に参照してみたくなる本である。個別に小説を読んだ後、解説のような形で拾い読みするのも贅沢ぜいたくでいいかもしれない。

     研究の最新の成果を平易な言葉でわかりやすく解説する、というのは実は至難のわざなのだが、同時にそれは、研究自体の進展にとっても大きな意味を持っている。こうした語り口によって初めて見えてくる一貫性のようなものがあるからだ。漱石の描く男性たちは、その多くが「女の心」におびえ、その「謎」にとらわれ、自らの作り出した影に復讐ふくしゅうされていく。「小説的主人公」と「物語的主人公」という区分のもと、両者の交代の様相を通してそのプロセスが明かされていくのである。そこから浮かび上がってくるのは、「知識人の苦悩」を描く漱石というよりも、むしろその苦悩をうまく実感できず、誠実に悩み続けていた一人の小説家の姿なのかもしれない。(新潮選書、各1300円)

    2017年08月07日 05時22分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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