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    読売新聞の読書委員らによる書評のコーナーです。
    評・清水克行(日本史学者・明治大教授)

    『夢の日本史』 酒井紀美著

    絵巻や日記に探る精神

     寝苦しい夏の夜、過去の日本人が見た夢の数々に思いを巡らせてみるのはいかがだろうか? 以下、漱石先生『夢十夜』風に内容をご紹介。

     こんな夢を見た。無念の死を遂げた主人の首を館まで持ち帰る途中、従者は観音菩薩ぼさつの夢を見る。夢のなかで菩薩は、残された一人娘を観音浄土に迎え入れることを約束する。この場面を描いた絵巻物では、浮揚する観音菩薩の眉間から一筋の光線が主人の首に向かって届いている。中世人にとって夢は神仏から届けられる「きらめく光の筋」のメッセージだったのだ。

     こんな夢を見た。ある平安貴族は、知人からの手紙が届く夢を見る。これを知人が出家する兆しだと解した彼は、すぐにそのことを本人に報告。すると、相手は笑って「それは正夢です」と答え、その日のうちに出家を遂げてしまったという。こちらはその貴族の日記に書かれた実話である。かねて出家の素懐を抱いていた男は、他人の夢の話を聴いて、神仏も自分の思いを支持してくれたのだと確信し、本当に出家してしまったのだ。ここでは、夢が現実を突き動かしている。

     こんな夢を見た。身寄りもなく貧しい男は、大和長谷寺に参籠さんろうをする。最後の晩、夢のなかで男は観音菩薩から幸福になる秘策を授けられる。有名な「わらしべ長者」である。他人同士が隣り合って仮想空間にアクセスしようとする参籠の場は、さながら現代のネットカフェ。古代・中世の人々は夢と共存するための多様な文化的装置を生み出していたのだ。

     こんな夢を見た。「夢はなぜ見るのでしょうか?」との質問に、江戸時代のある僧は「熟睡すれば夢は見ない」とつれない返事をする。すでに夢を神仏からのメッセージととらえる時代は終わり、夢は自身の心身の健康状態を反映したものという味気ない理解が浸透し始めていた。

     神仏の時代から合理主義の時代へ。夢を切り口に、日本人の精神の歩みが明らかにされる。

     ◇さかい・きみ=1947年生まれ。元茨城大教授。専門は日本中世史。著書に『中世のうわさ』『夢から探る中世』など。

     勉誠出版 2800円

    2017年08月07日 05時24分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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