文字サイズ
    読売新聞の読書委員らによる書評のコーナーです。
    評・奈良岡聰智(政治史学者・京都大教授)

    『クルド人 国なき民族の年代記』 福島利之著

    考えさせる中東の将来

     「イスラム国」の消滅が近づいている。しかし、その元支配地域の秩序の再建は、容易ではない。この地域には「国を持たない最大の民族」クルド人が居住している。対「イスラム国」戦争に積極的に参加してきた彼らは、今を独立の好機と捉えているが、イラク、シリアをはじめとする関係諸国はそれに反対している。今後クルド問題が、中東に新たな対立をもたらす可能性もある。

     本書は、中東で取材を重ねてきたジャーナリストが、クルド人の歴史と今を活写したルポルタージュである。日本には馴染なじみが薄い彼らの生活の実態を、クルドの「国民的」作家フセイン・アーリフ父子へのインタビューを軸にわかりやすく紹介している。2003年のイラク戦争の後、イラク北部のクルド自治区には多額の援助や投資が入り、地域経済は潤った。経済成長を背景に、イラクのクルド人知識人層は「小クルド国」を樹立し、やがて周辺国のクルド人居住区を併合して「大クルド国」を建設するシナリオを描いている。

     しかし、彼らも一枚岩ではない。自治区内では、二大政党が対立している。独立の基礎となる標準語の確立を目指して、創作活動に励むアーリフのような穏健派がいる一方で、武力で独立を勝ち取ろうとする者も少なくない。著者は、トルコで活動を行う武装ゲリラ組織「クルド労働者党」(PKK)の幹部にもインタビューを行い、「カミカゼ」(自爆攻撃)をいとわない心事を聞き出すことに成功している。クルド人と対「イスラム国」戦争の関わりについてあまり触れられていないのは惜しまれるが、クルド人内部、あるいは彼らとアラブ人、トルコ人との間の複雑な対立関係を浮かび上がらせている点が、本書の読みどころである。

     近代以降クルド人は、大国に翻弄ほんろうされ続けてきた。歴史は繰り返すのか、それとも新たな歴史が動き始めるのか。クルド人というレンズを通して、中東の将来について考えさせてくれる好著である。

     ◇ふくしま・としゆき=1972年生まれ。読売新聞記者。イラク・サマワ駐在、カイロ特派員を経て金沢支局デスク。

     岩波書店 2200円

    2017年08月07日 05時21分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
    大手町モールのおすすめ
    帆布鞄
    リンク