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    読売新聞の読書委員らによる書評のコーナーです。
    評・宮部みゆき(作家)

    『美しい日本のくせ字』 井原奈津子著

    手書きの温もりに人柄

     タイトルには「くせ字」とあるが、これは手書き文字のことだ。「くせ」は個性であり、すべての字に「くせ」があると語る著者はくせ字愛好家であり手書き文字のコレクターでもある。

     本書で取り上げられているくせ字は、松本人志やレディ・ガガなど著名人の手になるもの、映画の字幕、八十年代の少女漫画家たちのもの、喫茶店のメニュー、外国人が「日本語を理解しておらず、活字を手本に」書いたもの(著者はこれをフォーリン系と呼んでいる)、道ばたで拾ったメモに書かれていたもの、図書館で見つけたもの等々、幅広くバラエティ豊かで楽しい。普段はほとんど意識していないけれど、日常のなかではこんなにも多彩な局面で手書き文字が使われているのだ。

     映画の字幕は手書き文字でないと滑らかに読み取れないという。居酒屋やイタリアンレストランの「今日のお勧め」が手書きではなく、液晶モニターに活字で表示されていたら、ちっとも美味おいしそうに見えないだろう。文は人なり。手書き文字もまた人なり。まったく著者のおっしゃるとおり、「くせ」があるからこそ手書き文字には血が通いぬくもりがあるのだ。多くのファンをときめかせる韓流スターの「え文字」だって、上手うまい下手に関係なく、書き手の体温が伝わってくるから萌えるのですね。

     一方、手書き文字がデザインとして完成している場合もあり、そこでは「くせ」が単なる個性以上の商品価値を持つ。「暮しの手帖てちょう」という雑誌の世界観を定めた花森安治や、新潮文庫の広告でおなじみだったイラストレーターの「100%ORANGE」などがその代表格だ。パッと見て印象的、記憶に残りやすいこれらデザイン系手書き文字のアピール力は計り知れない。

     私は自分のくせ字(雑なんです)が大嫌い。読みやすい字を書ける人がうらやましい。本書巻末の「くせ字練習帳」で、アイドル時代の聖子ちゃんの丸文字を習おうかな。

     ◇いはら・なつこ=1973年神奈川県生まれ。くせ字愛好家。美大卒業後、エディトリアルデザインに関わる。

     パイインターナショナル 1800円

    2017年09月04日 05時27分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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