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    読売新聞の読書委員らによる書評のコーナーです。
    評・納富信留(ギリシャ哲学研究者・東京大教授)

    『自然主義入門』 植原亮著

    哲学に特権性はないか

     自然科学が生命や人体や地球や宇宙を驚くべきスピードで解明している現代、哲学はそれとどう関わるべきか。両者は同じ船で航海する同僚であり、哲学に特権性はないとするのが「自然主義」というプログラムである。アメリカの哲学者クワイン以降英米圏で主流となり、哲学に新たなあり方を迫っている。本書はその基本的な考え方を、例示や比喩を交えて説明し、先端の議論を易しく手際よく紹介してくれる優れたツアーガイドである。

     心や道徳といった、以前は哲学の専売特許であった領域にも、自然主義の方向が強く打ち出される。人間が自然と切り離されて生得的に持つとされた諸能力も、生物学や進化心理学によって説明可能である。倫理規範も、おそらく生物進化の視点から説明できるはずだ。ツアーにありがちなやや強引な導きもないわけではないが、明瞭な道筋と全体像の提示で、この冒険の旅に参加する意義は十分にある。

     哲学史の二大潮流である合理論と経験論は自然主義内部の2側面に取り込まれ、全てがそのプログラム内で完結するように見える。だが……私が専門にするプラトンは、超越を導入し反自然主義の原点とされる哲学者である。進化生物学や認知科学などの現代科学の成果を最大限活用した上で、プラトンならなお疑問を呈するだろう。自然を反省的に捉えるこの視点、そこに現れる普遍性は、すでに自然を超えているのではないか。自然という全体を見定める外、限界を認識する根拠に、私たちはすでに関わっているのではないか。それを論じる哲学は、科学と手を携えながらも、それをどこかはみ出すのではないかと。

     本書はこういった哲学の問いに私たちを自然にさし向ける。自然主義をどこまで進めるか、それは乗るべきプログラムか。科学の時代に生きる私たちがなすべき哲学とは何か。自然界で哲学する生物、人間として、読者の思索に期待したい。

     ◇うえはら・りょう=1978年埼玉県生まれ。関西大准教授。著書に『実在論と知識の自然化』など。

     勁草書房 2800円

    2017年09月11日 05時23分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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