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    読売新聞の読書委員らによる書評のコーナーです。
    評・出口治明(ライフネット生命創業者)

    『階段を下りる女』 ベルンハルト・シュリンク著

    絵が引き寄せた男たち

     本書は名作『朗読者』の作者による新たな至高の恋愛小説であり、1人の人間の魂の再生の物語だ。ドイツから出張で来たシドニーのギャラリーで、弁護士の主人公は1枚の絵に出会う。裸の女性が階段を下りてくる絵だ。40年前、ある実業家が若い妻をモデルにその絵を描かせた。絵を描いた画家はその女性イレーネと駆け落ちした。実業家と画家の争いは主人公の弁護士に持ちこまれた。そして主人公もイレーネに恋をしたのである。しかし、イレーネは絵とともに3人の前から姿を消した。

     主人公はドイツに戻る飛行機をキャンセルし探偵にイレーネの捜索を依頼する。イレーネは孤絶した海辺の家に住んでいた。イレーネは不治の病に侵されている。実業家と画家に会ってみたくなり、あの絵をギャラリーに貸し出したのだ、と。大成功した実業家と画家も海辺の家にやってくる。ちなみに主人公も企業弁護士としては大成功しているのだ。実業家も画家も絵を欲しがっている。そして、イレーネを中心にこの3人の会話を通して3人のそれぞれの現在の心象風景が語られる。絵が入手できないと知った実業家と画家は帰っていく。主人公は看病のために残る。以上が第一部と第二部だ。

     しかし、この燻銀いぶしぎんのような美しい物語が真の輝きを放ち始めるのは実はこれからなのだ。残された2人の会話はぎこちない。それも当然だ。2人の40年前の邂逅かいこうはほんの一瞬だったのだから。第三部で作者は何を描きたかったのか。それは死を目前に控えたイレーネと、もはや決して若くはない主人公が、2人の来し方、あるいは架空の来し方をとぎれとぎれによみがえらせながら、人生や幸福や愛について反芻はんすうしていくプロセスの美しさ、切なさ、誠実さではなかったのだろうか。2人はお互いに愛することができたのだろうか。「滅び」と「再生」の印象が強く残る作品である。訳文もこなれていてとても品があり読みやすい。松永美穂訳。

     ◇Bernhard Schlink=1944年ドイツ生まれ。小説家、法律家。著書に『帰郷者』『週末』『夏の(うそ)』など。

     新潮社 1900円

    2017年09月11日 05時24分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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