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    読売新聞の読書委員らによる書評のコーナーです。
    青山七恵(作家)

    『R帝国』 中村文則著

    不穏な未来、今への警告

     「朝、目が覚めると戦争が始まっていた。」

     冒頭の一文から緊張が走る。近未来の独裁国家“R帝国”を舞台にしたこの不穏な物語は、R帝国が隣国B国に宣戦布告したある朝未明に幕を開ける。国最北の島に暮らす会社員の矢崎はいつも通りに出勤するが、街は突然B国ではなく一見無関係のY宗国による激しい空爆にさらされ、原発が占拠された。混乱状態の中、悲壮な過去を抱えるY宗国の女兵士に助けられる矢崎。一方首都では弱小野党の議員秘書栗原が地下組織「L」のメンバーサキと接触し、ゆがんだ国家権力の渦に巻き込まれつつあった。

     世論は圧倒的多数派の国家党に統制され、人権保護の訴えは嘲笑され、「抵抗」という言葉が忘れ去られたR帝国では、個人の力はあまりに小さい。羊頭にくのナショナリズムによって、凡庸な人間はもはや凡庸でいることも許されず人間以下の存在にされていく。小説内で起こる全ての醜悪な出来事が、個人が理性を手放し現実を惰性に委ね続けた末路の世界からの報復として、読み手が生きる“こちら側”に激しく打ちつけられてくるかのようだ。読み進めるほどこの暗澹あんたんたるディストピアに圧倒されそうになるものの、“向こう側”に対して自分が少しでも打ち返せるものがないか、冷静に考えていることにも気づく。無数の読み手によってそうして打ち返されたささやかな何かは、いつかそのまま“向こう側”ではなく“こちら側”に届くことになるのではないか。

     私たちは今(今だけではなく、いつの時代も恐らくそうだったのだが)「朝、目が覚めると」の次に何が続いてもおかしくない現実を生きている。本書の最後に聞こえる悲痛な叫びは、未来からの警告でもあり、過去からの強い非難でもあり、今この瞬間にも世界のどこかで叫ばれている誰かの声だろう。茫漠ぼうばくとした不穏さが日常に溶け込みつつある今、多くの人がこの叫びに耳を澄ませるべきだと思う。

     ◇なかむら・ふみのり=1977年愛知県生まれ。『土の中の子供』で芥川賞。『王国』『教団X』『私の消滅』など。

     中央公論新社 1600円

    2017年09月25日 05時28分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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