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    読売新聞の読書委員らによる書評のコーナーです。
    長島有里枝(写真家)

    『星の子』 今村夏子著

    「正しい」幸せとは何か

     林家が宗教と出会ったのは些細ささいなきっかけからだ。サラリーマンの父、専業主婦の母、五歳上の姉のもとにやってきた末娘のちひろが、生まれつき体の弱い子だったのだ。あらゆる不調、特に原因不明の皮膚炎に苦しむ娘を見かねて眠れない夜を過ごす家族は、ある日父親の同僚から水を変えるようアドバイスを受ける。そうしてもらい受けた水は『金星のめぐみ』といって、ある新興宗教団体が販売する商品だった。

     物語は、五歳から中学生までのちひろの目線から語られる。タイトルの『星の子』は、教団が子供に配る教義学習用冊子のタイトルでもある。次第に宗教にのめり込む両親に対する、娘たちの反応は対照的だ。姉のまーちゃんは家庭内の新しい環境に馴染なじめず、高校生になると家を出て行くが、ちひろは宗教を中心に回る生活に順応する。親戚の雄三おじさんのように、ちひろの信じるものをつき崩そうと試みる人もいるし、家が次第に貧しくなっていくことにも気づくが、ちひろはそれほど気にしない。学校を中心とする「普通の」世界より、教団のほうがちひろを人として大切に扱っているように見え、本人も良い時間を過ごしているように見える。

     自分の信じるものこそ正しいと思い、他人の価値観を卑下したり、無視したりする態度は広く世界中に存在している。ちひろと家族は、「あやしい宗教」を信じているという点を除けばごく普通の日常を暮らす人々だ。頭にれタオルを載せた林夫妻を見かけて、親友のなべちゃんはちひろに、水の効果を信じているかとく。わからない、ほんとだったらすごいと思うけど、とちひろは答える。

     終盤、教団の研修旅行で宗教を持たない男の子が言った、好きな人が信じるものを一緒に信じたい、という言葉に胸を突かれた。ちひろにとっても、大切なのは正しさではなく、大事な人の価値観に寄り添うことなのかもしれない。

     ◇いまむら・なつこ=1980年広島県生まれ。『こちらあみ子』で三島賞。『あひる』で河合隼雄物語賞。

     朝日新聞出版 1400円

    2017年10月02日 05時27分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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