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    読売新聞の読書委員らによる書評のコーナーです。
    清水克行(日本史学者・明治大教授)

    『ニッポンの奇祭』 小林紀晴著

    • 講談社現代新書900円
      講談社現代新書900円

    「内側」とよそ者の距離

     今年も私の生まれた町の秋祭りの季節がめぐってくる。もう実家を出てから17年にもなるが、いまだにこの季節になると、私は毎年神輿みこしを担ぎに実家に帰る。学生時代はアジア各地にかれて旅したこともあったが、結局、日本史の研究者になったのは、そんな生まれ育った環境に引き戻されるようなところがあったのではないか、という気がしている。

     そんなこともあって、本書を読みながら、たびたび私は「この著者は私だ!」とうならざるを得なかった。世界各地を舞台にした人間模様を切り取った作品で知られる著者だが、ここにきて故郷の祭りの原体験への思いみがたく、ついに日本国内の「奇祭」の取材に乗り出す。その間の曲折は、内なる土着的なものから逃れようとしたはずが、不覚にもそれに惹かれていく自分に気づく過程だった、と著者は語る。「奇祭」という言葉は、むしろ「かつては日本のどこにでもあった神と人、人と人との交流を今に伝える希少な祭り」という意味に解すればいいだろう。

     しかし、少年の頃、郷里の祭りで体感した高揚感を取り戻すために出かけたはずの各地で著者が体験するのは、一種の“もどかしさ”だった。祭りに陶酔する「内側」の人々と、よそ者の自分との埋めようのない距離を、著者は繊細な筆致で描く。

     その一方で、著者が出会った地元の子供たちの姿は、読んでいて心和まされる。仮面をつけた異形の神(パーントゥ)に本気で足をガタガタ震わせておびえている宮古島の少年や、秘密基地のような天狗てんぐ小屋のなかでお菓子をむさぼり食う少年たち。“見えない世界”を信じ、畏れる子供たちの存在は、未来への希望だ。そのなかから、また著者や私のような存在が生み出されていくのだろう。本書は、著者が一歳半の娘を郷里の祭りに連れて帰る話で終わる。娘の健康を祈りながら、著者は取材者であることを忘れ、いつしか自分と娘が「内側」の人になっていることに気づくのだった。

     ◇こばやし・きせい=1968年長野県生まれ。新聞社カメラマンを経て独立。写真展「遠くから来た舟」で林忠彦賞。

     講談社現代新書 900円

    2017年10月02日 05時23分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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