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    読売新聞の読書委員らによる書評のコーナーです。
    奈良岡聰智(政治史学者・京都大教授)

    『西郷隆盛』 家近良樹著

    謎多き実像、体調に焦点

     来年の大河ドラマは「西郷せごどん」だという。主人公西郷隆盛は、「維新の三傑」の一人に数えられる有名人だが、その実像は謎に包まれている。後世の人間はそれぞれの思いや理想を仮託し、さまざまな西郷イメージを作り上げてきた。

     本書は、このような難しい人物に真正面から取り組んだ評伝である。著者は幕末・維新史研究の第一人者で、これまでの研究をベースに、西郷自身が残した書簡を深く読み込み、丹念に全生涯を辿たどっている。重厚で、読むには少々骨が折れるが、叙述は明晰めいせきで、決定版的な内容である。

     特徴的なのは、一貫して西郷の体調に焦点を当てていることである。幕末の西郷は、倒幕運動を主導し、江戸の無血開城を実現するなど大活躍したが、明治期に入ると、政治的に迷走した感も否めない。著者はその背景に、自殺願望や肥満、疲労による体調不良があったと指摘する。征韓論政変の際、西郷が執拗しつように朝鮮使節を志願したのは、体調不良と異常な精神状態によるところが大きかったという指摘には、刮目かつもくさせられる。旧主・島津久光との異常とも言える対立が、終生西郷のストレスになっていたという事実も興味深い。

     論争的な記述もある。坂本龍馬立ち会いのもとで、西郷と木戸孝允が結んだ「薩長同盟」は、従来、幕末政治史上の転機と見なされてきた。しかし著者は、薩長両藩の公的記録も残されておらず、同盟としての内実はなかったとし、盟約の語を使うべきだと主張している。一種の薩長中心史観に警鐘を鳴らすのが著者の意図だが、学界には異論もある。「薩長同盟」への評価がまだ定まっていないことには、留意が必要だ。

     本書によって西郷の人物像はよく分かるが、それでもなお彼が謎に満ち、多様な捉え方が可能な人物であると感じる。来年の大河ドラマを想像しつつ、司馬遼太郎の名著『ぶがごとく』と本書の西郷像を比べてみても面白いだろう。

     ◇いえちか・よしき=1950年大分県生まれ。大阪経済大客員教授。著書に『幕末政治と討幕運動』など。

     ミネルヴァ書房 4000円

    2017年10月02日 05時25分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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