文字サイズ
    読売新聞の読書委員らによる書評のコーナーです。
    出口治明(ライフネット生命創業者)

    『昆虫の交尾は、味わい深い…。』 上村佳孝著

    不思議満載、観察も秀逸

     題名通り味わい深い本だった。生物は「変異」「遺伝」「淘汰とうた」によって進化、適応するが、多くの生物はオスとメスという二つの性で生きている。従って交尾しなければ絶滅してしまう。本書は、地球上で最も繁栄している生物(昆虫)の奇想天外な交尾の一端を明らかにした快作である。

     オスとメスの違いは配偶子の大きさによる。大きな配偶子(卵)を作るのがメス、小さな配偶子(精子)を作るのがオスである。オスは交尾に積極的でメスを巡って争い、メスは消極的で言い寄る相手を吟味するのが動物全般の傾向で、オスとメスの思惑は一致しない。これが進化の原動力になる。著者は観察好きな昆虫少年だったので交尾器の形にこだわる。冒頭には不思議な形をした交尾器の写真が六つ並んでいてどの虫か当ててごらん、という凝り様だ。2本のペニスを持つハサミムシ、精子を渡す機能がトゲへ引っ越したショウジョウバエ、トコジラミの「皮下注射」交尾など不思議が満載だ。競争相手の精子をき出すトンボ。精子競争の過酷さに驚愕きょうがくする。カマキリの交尾は自分をプレゼントすること(メスがオスを食べる)で有名だが、実はオスは交尾が終われば一目散に逃げていくので共食い率は30%程度だとか。そりゃそうでしょう。メスがペニスを持っているトリカヘチャタテ、自然界は奥が深い。

     面白いのは昆虫の交尾だけではない。観察のプロセスがまた、秀逸なのだ。マレーシアに留学した著者はトコジラミを飼育する。餌は自分の血。同じところ(左腕)から餌をやった著者には白斑が残った。吸血場所は毎回変えるように、というのが著者のアドバイスだ。交尾中の昆虫を観察するには冷凍固定が一般的。液体窒素は危険なのでドライアイスを多用したそうだ。精液を蛍光染色する着色料は明太子に使われていたので明太子を食べた男性の精液も赤く蛍光していたに違いない等々。最後には「おまけ」として袋とじページが。脱帽した。

     ◇かみむら・よしたか=慶応大商学部准教授。今年イグ・ノーベル賞生物学賞を北海道大・吉澤和徳准教授らと受賞。

     岩波書店 1300円

    2017年10月02日 05時22分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
    大手町モールのおすすめ
    帆布鞄
    リンク