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    読売新聞の読書委員らによる書評のコーナーです。
    評・稲泉連(ノンフィクションライター)

    『ブラック・フラッグス 上・下』 ジョビー・ウォリック著

    国際テロ組織の足跡

     2014年の7月、イラクのモスルにあるヌーリ・モスクの礼拝堂に、バグダディという名の男が護衛を連れて現れる。初めて公の場に姿を現した黒衣とターバン姿の男は、そこで「カリフ制」の復興を正式に宣言する演説を行った(今年6月、イラク軍の攻勢の中で、この象徴的であるはずの礼拝堂は爆破された)。

     本書は過激派組織「イスラム国」の指導者・バグダディが、その「建国」を宣言するに至る経緯を描き出したノンフィクションである。200人超の関係者への取材、ピュリツァー賞受賞といった帯の惹句じゃっくは伊達ではなく、この約20年間の複雑に入り組んだ中東情勢を分かりやすく整理しながら、個々の登場人物の心理ドラマが展開されるスケールの大きな作品となっている。

     1980年代、「ごろつきのアフマド」と呼ばれる不良少年に過ぎなかったザルカウィは、いかにして「イスラム国」の前身となる組織をイラクで作り上げたのか。フセイン以後の空白に乗じて紛争の種をき、アルカイダの幹部からさえ眉をひそめられる過激主義者たちが台頭した過程がまずはじっくりと描かれる。そして、彼の死後に「イスラム国」を主導した後継者のバグダディとは何者なのか。

     著者は彼らの足跡をヨルダンのある劣悪な刑務所での出来事から描き始め、前述の「建国宣言」に向かう重厚なストーリーを浮かび上がらせる。政治上の思惑から様々な機会を逸していく米政府、ザルカウィを追うCIAの女性分析官、ヨルダン国王や情報機関のテロ対策部門。それらを中心に繰り広げられる情報戦の生々しさにはとりわけ息をのむものがあった。

     日本版のまえがきで指摘される通り、日本の読者にとってはジャーナリストの後藤健二さん、湯川遥菜はるなさんが殺害されたあの事件が、どのような歴史的経緯の末の悲劇だったかを知る一助になる内容でもあるだろう。米国における調査報道の底力を感じさせる一冊だ。伊藤真訳。

     ◇Joby Warrick=1960年米生まれ。外交、テロなどが専門のジャーナリスト。2016年、本書でピュリツァー賞。

     白水社 各2300円

    2017年10月09日 05時26分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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