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    読売新聞の読書委員らによる書評のコーナーです。
    評・伊藤亜紗(美学者・東京工業大准教授)

    『21世紀の民俗学』 畑中章宏著

    生活に即す「郷土感情」

     数年前からブームになりホームでの使用が禁止されている駅もある「自撮り棒」、愛知県東海市で行われている踊り手個々人がイヤホンで音楽を聴きながら踊る「無音盆踊り」、アニメや映画の舞台となった神社等をファンが訪ねてまわる「聖地巡礼」。一見いかにも現代らしい現象だが、民俗学の視点からとらえてみると、実はそこには古い風習や信仰の影が…。妖怪とテクノロジーが、道祖神とキャラクターが、仲良く手を取り合って登場する軽やかなエッセイ集である。

     たとえば冒頭の自撮り棒。著者はここに「ザシキワラシ的なもの」を見る。ザシキワラシ伝説の一つに、「遊んでいるうちに子供の数が一人増えた」というものがある。この「幻のもうひとり」がザシキワラシだ。写真を撮る場面でも、仲間全員をフレームに収めるためには、「幻のもうひとり」が要る。かつては通りすがりの第三者に依頼していたこの役を、今や自撮り棒が果たしている、というわけだ。

     本書の末尾で著者は、「民俗学は保守か?」と問う。確かに伝統的なものを研究対象とし、その保存をめざす学問だと捉えるなら、民俗学は保守だ。しかしそうではない、と著者は言う。民俗学は本来、「国民性」や「民族性」ではくくれない、人々の生活に即した「郷土感情」に目を向けるものだ。スマホやゲームに媒介されたつながりであったとしても、そこには時代に左右されない肌感覚のようなものがあることに本書はこだわる。

     読んでいて感銘を受けたのは、失われたものに対する敏感な感性である。駅までの道で取り壊しが始まると、毎日通っていたはずなのに、そこにどんな建物が立っていたのか思い出せないことがある。建物が建てば、やがて何を忘れたのかさえ私たちは忘れてしまうだろう。震災以後、自分の忘れっぽさに気づくたびに、私は胸がざわざわする。

     ◇はたなか・あきひろ=1962年大阪生まれ。作家、民俗学者、編集者。著書に『災害と妖怪』など。

     KADOKAWA 1800円

    2017年10月09日 05時25分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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