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    読売新聞の読書委員らによる書評のコーナーです。
    評・橋本五郎(本社特別編集委員)

    『軍法会議のない「軍隊」』 霞信彦著

    「正義」の実現を求めて

     今なぜ「軍法会議」なのか。軍法会議には限りなく負のイメージが付きまとっている。「暗黒裁判」「不当な裁き」「人権侵害」……。しかし、影の部分に目を奪われ、不要と言い切っていいのだろうか。

     自衛隊は今や世界有数の軍事装備を持つ「重武装集団」である。独自の司法制度が必要なのではないか。本書は、こうした問題意識を出発点に「旧陸(海)軍刑法」「陸(海)軍治罪法」の制定と運用の苦闘の歴史をたどりながら、正義を実現することの大切さを訴えている。

     PKOに従事する自衛隊員が戦闘に巻き込まれ、不幸にも現地の民間人を死に至らしめた時、裁く法律は刑法の殺人罪しかない。殺人は殺人だろうという批判は十分承知しているが、現実に生命のやりとりをしなければならない状況に置かれていることを無視し、一般社会と同じ尺度で裁くことは正しいのだろうか。

     一方で、「重武装集団」が万一国政を危うくするような重大犯罪を犯した場合、普通の国家公務員と同じ扱いでいいのか。軍法会議を含む軍司法制度は不法な実力行使を阻止する最後のとりでになるのではないのか。

     著者は軍法会議の闇の部分を結城昌治『軍旗はためく下に』、光の部分を1992年に公開されたアメリカ映画『ア・フュー・グッドメン』に沿って描き出す。評者もDVDで見たが、確かにこの映画から軍法会議があることで正義が実現されたのを知ることができる。

     ただ、軍司法制度の是非の検討も憲法学者の多くが自衛隊違憲論を唱え、自衛隊は軍隊ではないという一種のフィクションが支配していては一歩も先に進まないという根本的なジレンマを抱えている。

     この書には、軍司法制度を整備することで「近代化」を図ろうとした明治の先人への限りない敬意の念がある。先人一人一人の足跡を追いながら、その多くが必ずしも報われなかったことへの哀切の気持ちにもあふれ、読む者の心を打つ。

     ◇かすみ・のぶひこ=1951年生まれ。慶応大名誉教授。著書に『明治初期刑事法の基礎的研究』『法学概論』など。

     慶応義塾大学出版会 1800円

    2017年10月09日 05時22分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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