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    読売新聞の読書委員らによる書評のコーナーです。
    伊藤亜紗(美学者・東京工業大准教授)

    『メイキング 人類学・考古学・芸術・建築』 ティム・インゴルド著

    実践で「作る」行為分析

     その名の通り、「作る」という人間にとってもっとも基本的な行為の一つについて、人類学や考古学、あるいは芸術や建築の視点から論じた本だ。驚くのは、本書が大学の講義をもとにした本であるということ。ある写真のキャプションには、こうある。「砂のなかの籠づくり。スコットランド北東部アバディーンの浜辺で。」冷たい海風が吹きすさぶ砂浜で分厚いコートに身をくるみ、必死に柳の枝を編んでいる彼らは、著者の授業を履修する学生たちだろう。そう、本書は自分の手で行為を実践するただ中から、「作る」を分析した本なのである。

     家、時計、ドローイング、ひも。さまざまな物の制作が取り上げられる。著者が一貫して否定するのは、「頭の中にある完成イメージを素材を通して形にする」という伝統的な制作観だ。古代ギリシャ哲学の質料形相論として知られる考え方だが、いやいや外側から物質に形を与えるような超越的な視点では物を作ることはできない、と著者は言う。作るとは、素材と手の物質的な関わりあいのなかで、ものが成長していくような断続的なプロセスなのだ。

     たとえば先史時代の遺跡から多数出土する握斧ハンドアックス。握斧の謎は、一〇〇万年以上の間、三大陸にわたって制作され続けたにもかかわらず、デザインが変化していないことだ。著者はこう答える。そもそも握斧は意図してあの形に作られたのではない。ハンマー代わりに石を使ううちに剥片が剥がれていき、使えなくなったところで捨てたものが握斧と呼ばれているのではないか。私たちが後世の制作観を投影してしまうために、あれが完成形に見えてしまうのだ。

     だがあえて問うてみたい。近年、3Dプリンター等によるデジタル・ファブリケーションが身近だ。コンピュータの中で作った設計図をそのまま物質として出力できるこの方式は、質料形相論そのままにも見える。著者はこれをどう分析するのだろう? 金子遊ほか訳。

     ◇Tim Ingold=1948年英国生まれ。社会人類学者、アバディーン大教授。著書に『ラインズ 線の文化史』。

     左右社 3100円

    2017年10月23日 05時27分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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