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    読売新聞の読書委員らによる書評のコーナーです。
    評・宮部みゆき(作家)

    『ゲームの王国 上・下』 小川哲著

    新星が描く苦難と未来

     少女の名はソリヤ。後にポル・ポトと呼ばれるカンボジア共産主義「組織オンカー」幹部の隠し子。養父母とプノンペンで貧しくも平和に暮らしていたが、まず養父が、ついで養母が共産主義者を弾圧する秘密警察に殺害され、ソリヤだけが彼女の出自の秘密を知るオンカーのスパイの手で命を助けられて孤児となる。

     少年の名はムイタック。農村ロベーブレソンの村長の息子。実はソックという名前なのだが、日に何度も「水浴びムイタック」して家族をあきれさせ、それが通り名になるほどの強迫的清潔好きだ。ロベーブレソンでは温和な兄のティウンや、輪ゴムに神秘的な信仰心を抱く少年クワンや、土と会話できる「泥」など生き生きとユニークな人々と共に暮らしている。長閑のどかなロベーブレソンはオンカーとも秘密警察とも関わりがないように見えるが、ティウンとムイタックの叔父で元高校教師のフオンは、実はオンカーの構成員だ。そしてこのフオンを通して、私たち読者はムイタックが天賦の高い知性を持つ神童であることを知らされる。

     本書の上巻は、クメール・ルージュの「革命」と虐殺の時代を生き抜くソリヤとムイタックの苦難の道のりを描く。下巻では、数奇な運命に翻弄ほんろうされながらも「この国を救いたい」という強い意志を持って政治家になるソリヤと、脳波測定を用いた最先端のゲーム開発に邁進まいしんするムイタック教授が、立場は違えど同じものを求めて進み続けていることを描き出してゆく。二人が求めるものとは、世界というゲームをべる真に「正しい」ルールだ。誰もが普通に理解できて、人々の命と尊厳を守り得るルール。それが存在するところに真の王国もあると信じて。

     現代史の悲惨で過酷な事象を土台にしながらも、本書はきわめて上質なエンタテイメントであり、少年少女の成長小説だ。時々ユーモアさえ漂うのだから驚いてしまう。著者はただ者ではない。SF界からまた一つ超新星が現れた。

     ◇おがわ・さとし=1986年生まれ。東京大大学院に在籍中。2015年にハヤカワSFコンテストで大賞を受賞。

     早川書房 各1800円

    2017年11月06日 05時28分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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