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    読売新聞の読書委員らによる書評のコーナーです。
    評・土方正志(出版社「荒蝦夷」代表)

    『トラウマの過去』 マーク・ミカーリ、ポール・レルナー編

    PTSDの発見と解明

     私がPTSD(心的外傷後ストレス障害)について初めて知ったのは一九九三年、北海道南西沖地震による奥尻島津波の被災地取材だった。避難所で自衛隊の医療チームと出会った。戦闘や空爆など戦争体験の精神的ショックから肉体的な症状を現わす人たちがいる。いわゆるシェルショック(戦争神経症)だが、これは天災による壊滅の体験者にも見られると、そう教えられた。一九九五年、阪神・淡路大震災でPTSDが語られるようになって、二〇〇〇年のアフガニスタン取材でもそんな人たちの存在を垣間見た。そして、東日本大震災である。

     PTSDが戦争体験や自然災害と関係するとは知ったものの、そこにはどのような「発見」の過程があったのか、それを解き明かしてくれる通史的概説にめぐりあえずにいた。ところに本書である。南北戦争に鉄道事故、あるいは性的虐待などのトラウマ(心的外傷)による特有の症状を医師たちが「発見」する。その正体解明にやがて軍事問題や労働運動も絡んで、軍事力・労働力の損失が国家の損失につながると捉えられた。患者への支援は近代の社会福祉・社会保険制度の確立にも深く関わって、世紀を超えた論争の末に、第一次世界大戦が始まる……。

     そんないわば十九世紀から二十世紀初めの「トラウマ解明史」を欧米論者十一人が医学史・科学史・文化史などの観点から語る。文学にまで及ぶ分析はまるで謎解きミステリのごとく、精神医学の門外漢にも理解しやすい。米国でのPTSD診断基準の発表は一九八〇年というから、第一次大戦後の歩みも知りたいが、本書がいま読まれるべき理由は「日本語版への序文」にもある通り東日本大震災であり、やがて来る首都直下、東南海である。被災の瞬間を生き延びた人たちの精神になにが起こるか、肉体に社会にどんな影響を及ぼすか、防災・減災の知識だけでなく、これもまた知っておいていい。いつかあなたにも来る「その日」のために。金吉晴訳。

     ◇Mark Micale=ヒステリーに関する著作がある

     ◇Paul Lerner=ドイツ精神医学などに関する著作がある。

     みすず書房 6800円

    2017年11月06日 05時27分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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