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    読売新聞の読書委員らによる書評のコーナーです。
    評・三浦瑠麗(国際政治学者・東京大講師)

    『銀河鉄道の父』 門井慶喜著

    天才を育てた愛情

     心が余って詞(ことば)が足りない。それは古典的な和歌ではけなした表現だ。技巧を競い、いかに短い文の中で驚きを与え、人をうならせるようなうまい表現を作るかで評価されるから。

     童話は違う。様々な喜びや悲しみを詰め込んだ心を持て余しすぎて、いつも何か足りないと思い、それにふさわしいことばや絵を追い求めている人が書くものなのではないかと思う。

     賢治の童話には、透明な心があふれ出ていて、つむじ風も、山猫も、石も、人々も、目まぐるしく本から飛び出しては、読み手の周りをまわる。「どっどどどどうど」ざくろを吹き飛ばして暴れまわるいたずらな風。賢治は、私たちをとりまく世界を、郷土を、人間を書いている。

     この小説は意外なことに、語り手を賢治の父においている。いわば天才を作った人。小学校しか出ていない質屋のあるじである父は、貧乏人から得た質草や利子で賢治たちを豊かに育てる。親のスネをかじる賢治は、そんな大人の世界を拒絶し、石集めや人造宝石作りといった果てなき夢を追う。だが、どんなに好き勝手をしても賢治を愛し支え続ける父のてのひらを出られない。

     賢治が非現実的な夢追い人であることをやめたとき、天啓のように「書く時」が訪れる。彼が書いたのは童話だった。病弱で結婚も子供を持つこともままならず、学業も就職も振るわず、質屋の後継ぎとしても親の期待に沿えなかった賢治。彼がしたことは、父親に重ねるようにして、小さな愛情深い家庭で育った幼少期のありようを書くこと。生きとし生けるものへの慈しみを童話に書きつらねていくことだった。

     本書には愛する者を失うというモチーフが随所で顔を出す。賢治は、失われた子供時代の夢と冒険を紙の上で追い続け、死んだ最愛の妹への思慕をつづった。小さきもの、失われたものに対するあふれでんばかりの賢治の愛は、父、政次郎のもつ愛と同じものだった、と思う。

     ◇かどい・よしのぶ=1971年群馬県生まれ。作家。著書に『東京帝大叡古教授』『家康、江戸を建てる』など。

     講談社 1600円

    2017年11月13日 05時25分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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