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    読売新聞の読書委員らによる書評のコーナーです。
    評・清水克行(日本史学者・明治大教授)

    『戦国おもてなし時代 信長・秀吉の接待術』 金子拓著

    殺伐の乱世からの伝統

     血で血を洗う戦国乱世――。親殺し、子殺し、裏切り、下剋上げこくじょうなどなど、殺伐とした逸話に事欠かない戦国時代と、“おもてなし”という語感は、あまりに不似合いだ。ところが著者は、戦国びとはきわめて“おもてなし”にけた人々で、16世紀の日本は「おもてなしの時代」だった、と語る。しかも、そうした精神は「確実に現代にも受け継がれている」のだという。

     15のコラムで紹介される戦国日本の“おもてなし”の光景は、宴席ともなれば、飲酒の強要、泥酔は当たり前。ときには相手がウンザリするほどの過剰さとサプライズすらも良しとする。時代は違うが、食べきれないほどの芋を積み上げて見せて客人を辟易へきえきさせた『芋粥いもがゆ』の説話を思い起こさせる。言われてみれば、少し昔の日本の宴会も、似たようなものだった。

     遠く薩摩から畿内へ旅に出たある武将などは、身分を隠していたにもかかわらず、巡礼姿というだけであちこちで歓待され、しまいには城の貴賓室にまで案内され、そこからの眺望を楽しんでいる。城のセキュリティーは大丈夫なのかと心配になってしまうが、こうした巡礼者を“おもてなし”する心も「お遍路さん」の精神として、たしかに現代にまで息づいている。

     ところが、一方でそんな彼らの最高級のごちそうは、“汁かけ飯”。食べ残したご飯に汁物をかけて食べる。一見下品にも思えるが、カレーライスや牛丼など、ご飯に汁気のあるものをかけて食べるのが大好きな日本人のルーツはここにあるのでは、と著者は夢想する。

     似てるようでもあり、似てないようでもある。そんな彼我の違いを楽しみながら、真の“おもてなし”とは何か、内省してみるのも面白いだろう。たとえば著者も推奨するように、来る東京オリンピックの“おもてなし”は、戦国の伝統をよみがえらせて、シ・ル・カ・ケ・メ・シ。諸外国に日本文化の伝統を知らしめる良い機会かも知れない。いや、それは無いか。

     ◇かねこ・ひらく=1967年山形県生まれ。東京大准教授。著書に『織田信長<天下人>の実像』など。

     淡交社 1600円

    2017年11月13日 05時26分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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