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    読売新聞の読書委員らによる書評のコーナーです。
    評・宮部みゆき(作家)

    『嘘の木』 フランシス・ハーディング著

    苦い現実と少女の勇気

     本書の主人公は、十九世紀後半の英国に生きる十四歳の少女・フェイスだ。父親は牧師で博物学者。母はヴィクトリア朝社会のエスタブリッシュメントである夫の良き妻にふさわしく、美人で社交的。物語の核となるのは、タイトルにもある「うその木」で、この不思議な植物は人がく嘘を養分に育ち、その実を食べた者に夢(もしくは幻覚)のような「ヴィジョン」を示して、本人が希求する真実を教えてくれる。

     本書は既にファンタジー系の児童文学として高い評価を勝ち得ているのだが、一読して驚いた。ファンタジー要素は「嘘の木」の部分のみだし、フェイスとその父・サンダリー師を取り囲む謎と困難はどこまでも現実的に苦く厳しい。しかしフェイスは知恵と勇気を振り絞ってそれらを乗り越えてゆくのだ。児童文学の枠に収まりきらない傑作であって、個人的には今年のベスト1だった。

     十九世紀後半の英国社会では、ある程度裕福でも、女性には自分の人生を選ぶ権利がなかった。フェイスもそんな少女の一人だ。しかし彼女は学問好きで、自然科学者になりたいと願い、父を深く敬愛している。その父が新種の化石発見を捏造ねつぞうした疑惑をかけられ、一家は逃げるようにロンドン近郊を離れてヴェイン島に移住して、ほどなく父は不審な死を遂げる。フェイスは父の汚名を晴らそうと立ち上がり、孤独な探究によって「嘘の木」を見つけるが――

     本書は非常に精緻せいちなミステリーでもあるので、この先はぜひ読んで確かめていただきたい。物語の背景には、ダーウィンの『種の起源』が当時のキリスト教社会の人々に与えた衝撃と、以来現在まで続く「創造論」と「進化論」の対立がある。フェイスがつかむ真実はあまりにも皮肉で悲しいけれど、この悲嘆の先には女性解放の歴史が待っている、フェイスはその先駆けの流れ星の一つなのだ。それを示す終盤の母娘の会話に、私は涙してしまいました。児玉敦子訳。

     ◇Frances Hardinge=英国生まれ。オックスフォード大卒。2015年、本作でコスタ賞の大賞などを受賞。

     東京創元社 3000円

    2017年12月04日 05時28分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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