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    読売新聞の読書委員らによる書評のコーナーです。
    評・苅部直(政治学者・東京大教授)

    『最後のソ連世代 ブレジネフからペレストロイカまで』 アレクセイ・ユルチャク著

    静かに進む体制の腐朽

     かつてソ連でスターリンの指導する全体主義体制が猛威をふるっていた一九五二年に、米国の社会学者、D・リースマンはこんな指摘をした。――イデオロギーと監視によってどんなに強力に統制された社会でも、人々が権力による動員に扇動されず、私生活へ逃避してゆく動きが起こるだろうし、それが体制に対する抵抗の効果をもつのではないか(永井陽之助訳『政治について』みすず書房)。

     ペレストロイカの時代から、共産党支配とソ連そのものの崩壊へと一気に突き進み、人々の多数がその変化を歓迎した。のちの時代の歴史を知った目でみると、このリースマンの予言は、あたっているように見える。だが本書によれば、そうした理解は重大な点を見落としている。ブレジネフ時代以降のソ連で青少年期をすごした、「最後のソ連世代」の一人である文化人類学者がまとめた一冊である。

     当時の若者たちの書簡や演説原稿、さらに好んだ音楽や街頭パフォーマンスなど、厖大ぼうだいな資料を使いながら、時代の精神風景を明快に分析している。彼らは決して自由主義圏の知識人が期待する「抵抗」の意識をもっていたわけではない。だが、政府が下してくるスローガンを本気で口にしながら、その中身を変えていった。ブルジョア文化への批判、指導部の堕落に関する指摘という形式を保ったまま、めざすべき理想の実践として、同時代の「西側」の音楽やファッションの流行をとりいれてゆく。

     すでにソ連末期には、この動きがイデオロギーによる支配を根本のところで掘り崩していたと著者は指摘する。同じような現象は、規模の違いはあれ、昭和日本の戦時体制にも見ることができるだろう。そして現代にも残る、いくつもの強権的支配の国家に関しても、その社会の深部では体制の腐朽ふきゅうが静かに進んでいるのではないか。この本の叙述から、そうした想像力の必要にも気づかされるのである。半谷史郎訳。

     ◇Алексей Юрчак=1960年旧ソ連生まれ。米カリフォルニア大バークレー校人類学准教授。

     みすず書房 6200円

    2017年12月04日 05時26分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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