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    読売新聞の読書委員らによる書評のコーナーです。
    評・尾崎真理子(本社編集委員)

    『失踪の社会学』 中森弘樹著

    “消える”病理を追究

     身近な人間がふっと姿を消す。フィクションではよくある設定だが、実際にも負債やDV被害など様々な事情を抱えて長期間、不明になる人々は、毎年数千人を下らないという。

     一方的に応答を絶ち、一切の責務を放棄する失踪者。生死も定かでない「あいまいな喪失感」から、悲嘆と怒りにさいなまれる近親者ら。

     本書は1950~2015年に報じられた事例を見渡した上で、先行研究を幅広く取り込み、失踪した当事者、家族にも対面調査を行い、考察を凝らしていく。「なぜ、人は家族や集団から消え去るのか」「何が親密な関係の中に人を引き留めるのか」。そして行き着くのは「失踪は自殺の代わりになるのか」。極めてシリアスで、今日的な問いである。

     たしかにその時々の世相、倫理と密接な関係にある社会の病理だ。1950年代には都会にあこがれる家出娘が好奇心の的となり、離婚がまだタブー視されていた70年代には、夫や妻の「蒸発」が週刊誌やテレビに繰り返し登場する。90年代後半には不況から夜逃げが増え、無縁社会と言われ始めた2010年代には、100歳を超えているはずの人々の所在不明が取りざたされた。

     昨今はSNSで四六時中結ばれる家族、友人関係の圧が高まる。限界を超える労働やいじめといった、息苦しい環境も改善は進まない。社会的な絆が強すぎても、反対に機能しなくても、人が離脱する可能性が生じている。幼少期に受けた激しい叱責しっせきを要因に挙げる当事者も登場する。失踪は究極の無責任、謝罪回避とみなされもするが、当人はむしろ長く責任にとらわれるケースもあると本書は指摘する。

     さらに、失踪が「親密な関係」を修復する猶予期間、自殺を回避する手だてとなる可能性まで懸命に追究されていく。学術論文の枠からあふれんばかりの内容は、議論も引き寄せるだろう。それでも、社会の現状へ風穴を開けようとする果敢な試みとして注目したい。

     ◇なかもり・ひろき=1985年生まれ。日本学術振興会特別研究員。京都大、立命館大、京都造形芸術大非常勤講師。

     慶応義塾大学出版会 4200円

    2017年12月04日 05時23分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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