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    読売新聞の読書委員らによる書評のコーナーです。
    評・旦敬介(作家・翻訳家、明治大教授)

    『ぼくらが漁師だったころ』 チゴズィエ・オビオマ著

    「呪い」に怯える心性

     アフリカというと、自然環境豊かな悠久の大陸における無時間的な世界を思い浮かべる場合が多いかもしれないが、今ではもちろん、かなり生活環境の良くない現代の都市に暮らしている人が多いのは世界の大部分と同じである。

     この小説は一九九〇年代のナイジェリア南西部の州都に暮らす一家が陥った悲劇を、十六歳の少年の目から描き出した一種の少年小説である。お父さんは中央銀行勤めで、自家用車で出勤していくアッパー・ミドル階級の人だ。テレビを見ながらソファで眠りこんでしまうようなだらしなさもあるが、息子たち全員に医師や弁護士や大学教師などの未来を期待する教育熱心なよいパパで、リベラルな感覚の持ち主だ。お母さんに対しても思いやりのあるきわめてモダンなお父さん像だ。そういう本当に幸福な家庭なのだが、いつも行動をともにしている十代の兄弟四人が、魔力をもつと信じられている一人の路上生活者との遭遇を機に分裂していき、いかにもその年代らしい浅はかな判断のくりかえしによって一家を不幸のどん底に陥れていく。

     きっかけとなる事件が、作品内では「呪い」と表現されていて、あたかもそれが成就したかのように扱われているところに不安をおぼえるのだが、むしろ、そんなものにおびえて影響されてしまう人間の心性が問題にされているのだと思いたい。感受性の鋭い少年たちが、欧米のポップ・カルチャーに囲まれて完全に現代性を体現している一方で、信仰や迷信や伝承に強くとらわれもして、その両極の間で激しく引き裂かれる、というのが現代の世界のありようなのかもしれない。

     物語は絶望的な気持ちになるのだが、一家をつなぎ止めるために奮闘するお父さんのキャラクターに救われる。ヨルバ語やイボ語の表現をそのまま英語に置き換えたと思われる比喩やことわざが面白く、こういうのが外国文学の楽しみのひとつだったと思い出した。()()(はら)文子訳。

     ◇Chigozie Obioma=1986年ナイジェリア生まれ。作家。米ネブラスカ大リンカーン校で教べんを執る。

     早川書房 2300円

    2017年12月25日 05時26分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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