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    読売新聞の読書委員らによる書評のコーナーです。
    評・奈良岡聰智(政治史学者・京都大教授)

    『歴史と国家』 マーガレット・メール著

    明治政府、幻の正史編纂

     明治新政府は成立後間もなく、統治の正統性を証明するため、国家による歴史編纂へんさん事業に着手した。しかし、明治二年に明治天皇から「修史御沙汰書」が出されて以来、幅広く史料収集が行われ、多くの歴史家が動員されたにもかかわらず、この試みは失敗に終わった。なぜ明治政府による正史編纂事業は挫折したのか。本書はそのプロセスと意義を包括的に論じた、重厚な研究書である。

     この事業を重視していた政府は、歴史編纂のための部局を太政官、次いで内閣に設置した。「日本書紀」など「六国史」の伝統を復活させ、水戸藩が編纂した「大日本史」を継承する形で、南北朝時代以降の歴史を「大日本編年史」にまとめることが目標となった。しかし、膨大な史料を収集し、さまざまな史実を確定した上で、明治維新に至る数百年の歴史を描くことは、極めて困難であった。結局、明治二八年には歴史編纂事業は断念され、帝国大学文科大学史料編纂掛(現東京大学史料編纂所)が重要史料の収集・刊行事業を引き継ぐという結末となった。

     事業が挫折したのは、西洋の歴史叙述の方法論をどのように取り込むのか、漢文、和文どちらの文体を用いるのかといった数多くの問題を解決できなかったためであるが、根本的な原因は、この事業に携わった歴史家たちが、自らが納得し、かつ国家や社会をも満足させるような歴史認識や歴史叙述のあり方を生み出せなかったことにある。著者は、形式的な「実証主義」に逃避・耽溺たんできして、「客観性」とは何かといった問題や歴史叙述のあり方に取り組むことを怠ってきた日本のアカデミックな歴史学の問題点が、この挫折の経緯の中に既に表れていると論じている。厳しいが、傾聴すべき指摘である。

     「明治一五〇年」に当たる今年、政府は関連施策の準備を進めている。ナショナル・アイデンティティーと歴史叙述の関係は、今なお問われるべき問題である。千葉功、松沢裕作ほか訳。

     ◇Margaret Mehl=コペンハーゲン大准教授。スターリング大スコットランド日本学研究センターを経て現職。

     東京大学出版会 5800円

    2018年01月29日 05時23分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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