文字サイズ
    読売新聞の読書委員らによる書評のコーナーです。
    評・宮部みゆき(作家)

    『43回の殺意』 石井光太著

    事件「物語化」の危うさ

     本書は二〇一五年二月に川崎市川崎区の多摩川河川敷で起こった上村遼太君(当時十三歳)殺害事件の詳細をつづったルポルタージュである。

     事件の発覚から三人の少年たちが容疑者として逮捕されるまでの(えてこの表現を使いますが)大騒動と、テレビのニュース画面に映し出された遼太君の笑顔をご記憶の方は多いだろう。私も当時この事件に心を痛めた視聴者の一人で、こんないい顔で笑う男の子を惨殺した犯人たちに怒りを抑えることができなかった。

     だからちゃんと報道を見ていたつもりだが、本書を読むと、自分がこの事件の細部の多くを誤解していたことに気づいて驚いた。一例をあげれば、私は遼太君が父母の離婚により、「父親の故郷で自身も生まれ育った」隠岐諸島の西ノ島を離れ、「母親の故郷」である川崎市へ移ってきたのだと思い込んでいた。事実は違う。遼太君の父親はもともと川崎市の出身で、彼が漁業に「転職」しようと決めてインターネットで仕事を探した結果、家族で西ノ島に移ったのだ。遼太君はそのとき五歳だった。これだけでも、事件報道の初期に私が抱いていた「素直で純朴な島の子供が、都会の不良に目をつけられて殺されてしまった」という印象は微妙に違っていたということがわかる。

     本書を読み、自分の「現実を物語化したい」という欲求がどれほど根深くかつ無自覚なものであるかを悟って、私はいささか動揺した。犯罪そのものではなく、その報道のされ方と社会の受け止め方が、年々「物語」へ傾斜していると感じていたし、それに対する危機感を持ってミステリーを書いているつもりだったのに。本書を読めば、おそらく多くの方が様々な点で、私と同じように驚いたり、あらためて恐れたり悲しんだりするだろうと思う。そして遼太君の記憶を新たにする。本書はそのために書かれたのであり、こういう仕事をする人々がジャーナリストなのである。

     ◇いしい・こうた=1977年、東京生まれ。ノンフィクション作家。著書に『遺体』『浮浪児1945‐』など。

     双葉社 1500円

    2018年02月05日 05時26分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
    大手町モールのおすすめ
    帆布鞄
    リンク