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    読売新聞の読書委員らによる書評のコーナーです。
    評・坂井豊貴(経済学者・慶応大教授)

    『ブランド戦略論』 田中洋著

    脳に働きかけるアート

     私は先日グッチのネクタイを買った。細身で優美なデザインである。けっこう高かった。では私は、それと全く同じノーブランド品が半額で売られていたら、果たして買っただろうか。もちろんノーである。だってそのネクタイにはGUCCIという特別な記号が付随していないから。

     そのネクタイがグッチのものだからこそ、それを身に付ける私は、グッチに独特の上質なイメージが、自分に身に付いた気がする。物理的に何かが身に付くのではない。脳内の自己イメージに変化が起こるのだ。ただデザインがよいだけのノーブランド品に、そのような力はない。意味の世界を生きる人間の脳に、ブランドは働きかける。

     ブランドはビジネス以外の世界でも重要だ。たとえば政治なら政党のブランドを、スポーツならチームのブランドを確立することが、支持者やファンの獲得に大きく影響する。個人で活動をするなら、自分の名前をブランド化することが成功の鍵となる。たとえばドナルド・トランプが、金ぴかのトランプタワーを象徴に用いて、自身をブランド化してみせたように。

     ブランドは細かい検証をスキップさせる手段でもある。たしかにトランプは「成功した実業家」のブランドイメージを確立した。だがそもそも成功した実業家が、優れた政治家になるとは限らない。そこにある「論理の穴」は、本来なら検証されるべきものだが、ブランドにはそうした穴をイメージで覆い隠す効果がある。ブランド戦略を立てることは、意図的にそうすることを含んでいるから、ときに不穏である。

     世の中には無数のブランドと、それぞれの戦略がある。ブランドは個性のようなものだから、一つひとつのブランド戦略は独自のアートのように見える。本書はそれらアートをサイエンスとしてまとめあげた、本格的な体系書である。ブランド研究の金字塔であるとともに、これからの実務のバイブルとなるだろう。

     ◇たなか・ひろし=1951年生まれ。中央大教授。電通で21年間、実務を経験。著書に『消費者行動論』など。

     有斐閣 4000円

    2018年02月05日 05時23分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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