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    読売新聞の読書委員らによる書評のコーナーです。
    評・尾崎真理子(本社編集委員)

    『口笛の上手な白雪姫』 小川洋子著

    案外近くの奇妙な世界

     風変わりな人物ばかり登場する短編集。作中に入り込みすぎぬよう、注意していただきたい。

     吃音きつおんに苦しむ男児の目の前には、ある日、小さな「ローバ」が現れる。彼女はほうき塵取ちりとりで、うまく出ないその子の声を集め始める。

     シロナガスクジラ、ツチブタ……。理不尽な目にあう「かわいそう」なものを探す子がいる。病気も忘れるほど熱心に探すのは一体、なぜ。

     廃線の計画が持ち上がった「盲腸線」に毎日、曽祖父と乗り込む幼稚園児は素直だ。秘密の任務を果たそうと、ウサギを追う二人に電車は近づく……。気がつけば体ごと物語に持って行かれ、鼓動が速くなった。

     8編のうち4編の中心人物は男の子。息苦しい世界にとらわれている彼らを救うのは、老人や年長者の「声」だ。危機を脱すれば、何事もなかったかのように彼らはそこを出て行く。が、一方の4編に出てくる女性たちはどうか。

     お針子「りこさん」の店に50年通う「私」は、今日もお祝いのよだれかけに刺繍ししゅうを依頼する。二人が選ぶ図案は世にも不吉な、あの花。

     赤ん坊にしか聞こえない口笛を上手に吹く「小母おばさん」は、もはや公衆浴場の一部と化しつつある。入浴中の母親に代わってあやしながら、彼女は一瞬、あらぬことを願う。

     いくら人々の視線にさらされようと、彼女らはいつまでもその場所にとどまり続ける。ひそかに年少者にかれ、赤ん坊へ惜しみなく愛を注ぎ、幸福そうですらあるのに、時折ほんの一滴、悪意の毒をどこかに垂らす。気づかぬふりをして、世界は彼女らを置き去りにする。

     もし、この作家がいなければ、かくも奇妙な物語に支えられ、私たちは大人になったことを、ずっと忘れたままだったろう。

     小川洋子という魔法使いが、見事な奇譚きたんを書いてくれるから、ありありと想起することができるのだ。この世界を知っている、今もそこは案外近くにある、と。

     ◇おがわ・ようこ=1962年岡山県生まれ。『博士の愛した数式』で読売文学賞、本屋大賞。

     幻冬舎 1500円

    2018年02月19日 05時28分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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