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    読売新聞の読書委員らによる書評のコーナーです。
    評・森健(ジャーナリスト)

    『安楽死を遂げるまで』 宮下洋一著

    湧き上がる疑問、追体験

     「15、16、17秒……、そして20秒が経過した時、老婦の口が半開きになり、枕にのせられていた頭部が右側にコクリと垂れた」

     著者の目前で英国人の老婦(81)は命を絶った。数分前まで笑顔で語っていた女性。著者は呆然ぼうぜんと考える。思いとどまるよう説得すべきではなかったか。そもそも安楽死とは何か――。

     そんな問いを胸に欧州在住のジャーナリストが安楽死の実態を各国に取材したのが本書だ。

     明日本当に死んでもいいのか。そうストレートに問う著者に、膵臓すいぞうがんを患った68歳の元医師のスウェーデンの女性はきっぱりと答える。

     「なぜ、あと何カ月も耐え難い痛みを我慢して生きなければならないのですか」

     その女性は翌朝本当に他界した。

     著者は自ら死を選んだ遺族や関係者を訪ねてオランダやベルギー、米国へ足を運ぶ。認知症を苦に致死薬を飲む。そううつ病に苦しんだ末に自殺幇助ほうじょを選ぶ。動画サイトで自死を宣言し他界する。ときに壮絶、ときに切ない安楽死のありようは読む者の心を揺さぶらずにおかない。

     本書の特徴は、著者が取材を進めた時系列で描いていることだ。著者は湧き上がる疑問を取材の進行とともに提示しながら、次の現場へと赴く。死期が迫っていない人や、昏睡こんすい状態で意思表示できない患者は安楽死すべきでない、医師であるなら最期まで治そうと努力するのが使命ではないのか――。そんな疑問が順々に出されることで、読者は法的、倫理的問題を著者の追体験のように理解していくことができる。

     安楽死を巡る取材の終わりに著者は日本に戻ってくる。死さえも個人の権利と捉える欧米と異なり、積極的安楽死は違法とされ、「個人」が「家族」という土台の上に存在している日本。死は個人のものか――そんな深い問いを抱え、過去の事件の当事者にも問いを投げかける。著者の考察からは、生と死、社会のありように思いを巡らせることになるだろう。

     ◇みやした・よういち=1976年長野県生まれ。ジャーナリスト。著書に『卵子探しています』。

     小学館 1600円

    2018年02月26日 05時28分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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