<速報> レアル・マドリードが3連覇…欧州CL
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    読売新聞の読書委員らによる書評のコーナーです。
    評・土方正志(出版社「荒蝦夷」代表)

    『火星からの侵略』 ハドリー・キャントリル著

    パニックの実態に迫る

     1938年10月30日、午後8時から9時にかけてニューヨークCBSラジオ「オーソン・ウェルズのマーキュリー劇場」は、SF作家H・G・ウェルズの『宇宙戦争』を原作としたラジオドラマを放送、火星人の地球攻撃の物語を現実の出来事と信じてしまった100万人もの聴取者が恐怖からパニックに陥った……この事件についての同時代の米社会学者による調査リポートである。

     SF文学にまつわる事件として、あるいは名優オーソン・ウェルズの人生の逸話として、騒動そのものは知る人は多いのではないか。私もなんとなく幼いころから聞き知っていた。にしても、遠く離れた地の過去の歴史的事件とはいえ、ほんの1時間余りのラジオドラマがどうしてそこまで大きなパニックを引き起こしたのか、疑問があった、不思議だった。いまひとつよくわからなかった。事件直後の大規模な聞き取り調査のデータを分析、更には放送台本まで収録した本書は、そんな謎に存分に答えてくれる。

     放送を最初から聴いた人と途中から聴いた人、その社会的・経済的レベル、演出の迫真性とメディア特性、聴取者の批判能力と確認行動や被暗示性と宗教、それぞれの年齢性別や民族人種などなど、さまざまな切り口からパニックの実態に迫るが、この時代の国際政治の緊張も見逃せない。なにせ第二次世界大戦勃発の前年である。戦争への不安を背景に、火星人ではなくナチス・ドイツや日本軍の侵攻に違いないと思った聴取者もいた。

     テレビもネットもない、リアルタイムのメディアとしてはラジオだけが頼りの80年前の事件である。いまの私たちには関係がないと思えればいいのだが、昨今のフェイクニュース騒動を思えば、これは現在の私たちにも通じる過去からの問題提起か。そして私たちには、来たるべき大災害下のパニックの可能性も考えさせてくれる、そんな好著である。高橋祥友訳。

     ◇Hadley Cantril=1906~69年。米プリンストン大教授や国際社会研究所長を歴任。原書は40年初版。

     金剛出版 2200円

    2018年02月26日 05時25分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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