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    読売新聞の読書委員らによる書評のコーナーです。
    評・坂井豊貴(経済学者・慶応大教授)

    『ゲーム理論はアート』 松島斉著

    社会事象の「なぜ」説明

     バブルと差別。一見異なるこれらの共通点は「同調」である。たとえば自分は仮想通貨に価値があるとは思わないが、他の人々は価値が高いというから、それに従おう。自分は特定民族の排斥が正しいとは思わないが、他の人々はそれが正しいというから、それに倣おう。同調の連鎖が起こるとき、バブルは膨れ、差別がはびこる。同調の圧力は後になるほど高まるので、バブルも差別も出来るだけ早い段階で潰すのが大切だ。

     人々の細かな意思決定が積み重なって、大きな社会事象が起こってゆく。ゲーム理論は、そうした事象を、個々の意思決定に解きほぐして分析する学問だ。いまや経済学では必須の分析ツールとなっており、社会科学全般でも広く活用されている。ゲーム理論は数学を多用するが、本書に数式はほとんど登場しない。代わりに著者がゲーム理論を使って、さまざまな事象の「なぜ」を語ってゆく。語る対象はバブルや差別から、サッカーやテロ対策まで多岐にわたる。著者独特の語り口はざっくばらんで、余談や脱線も多く、ときに愚痴も交じる。

     とりわけ著者が関心を払うのは制度設計だ。近年の経済学ではゲーム理論に基づく制度設計論(マーケットデザイン)が進展しており、実用化もめざましい。いまや制度はゲーム理論で精緻せいちな設計図を描く時代なのだ。電波資源の効率化を促す周波数オークションの導入や、通信速度の消耗戦にならない金融市場への改善は、とくに真剣に検討されるべきものだろう。この分野を長く牽引けんいんしてきた著者は、学知の活用に消極的な日本の政策当局に批判的だ。

     本書には著者の設計による「アブルー・松島メカニズム」の簡単な解説が含まれているが、これは制度設計論における記念碑的な成果である。このような本書はゲーム理論の標準的な入門書ではないが、ここから垣間見える学問世界は豊穣ほうじょうだ。同調など気にも留めない著者による、自由闊達かったつな本書こそがアートのようである。

     ◇まつしま・ひとし=東京大教授。専門はゲーム理論。国際学会エコノメトリック・ソサエティー終身会員。

     日本評論社 2000円

    2018年02月26日 05時26分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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