文字サイズ
    読売新聞の読書委員らによる書評のコーナーです。
    評・宮下志朗(仏文学者・放送大特任教授)

    『B.C.1177 古代グローバル文明の崩壊』 エリック・H・クライン著

    グローバリズムへの警鐘

     シュリーマンのトロイア発掘、ツタンカーメンとミイラの呪い、クレタ線文字A・線文字Bなど、東地中海の古代ロマンに魅せられた経験がある人には必読の書。舞台はミュケナイ、トロイア、ヒッタイト王国の首都ハットゥシャ、シリア北部ウガリト、メギド――旧約聖書のハルマゲドンの地――、エジプトの「王家の谷」、ミノア文明の中心地クノッソス等々。国王から商人まで様々な人物を登場させ、青銅器文明の突然の崩壊というミステリーに挑む。著者はメギド発掘などを手がけたアメリカの考古学者で、テレビ出演も多く、筆も立つ才人だ。

     本書のタイトルでもある紀元前一一七七年に何が起こったのか? 「王家の谷」にあるラムセス三世の碑文にはこの年、<侵入者「海の民」がエジプトを襲い、ヒッタイトやキュプロスなどが「根絶やし」にされた>と刻まれている。著者はこれを「古代史の転換点」とする。

     文明崩壊の物語は紀元前一五世紀に遡る。沈没船に積まれていた各国の多種多様な品々から、東地中海が交易、移民、外交、戦争の場であり、「グローバル化」して一つの文明を形成していたという視点が提示される。

     記述は一本調子ではなく、対立・矛盾する学説の紹介・吟味によって、考古学の面白さが伝わってくる。古代エジプト王アメンホテプ三世の台座に刻まれた地名リストが、エジプトからエーゲ海方面への船を使った往復旅程を示すという解釈や、エジプトの王位継承を巡るヒッタイトとの抗争など興味深い話に事欠かない。

     青銅器文明崩壊の原因としては従来、「海の民」の侵入のほか、地震や気候変動、干ばつ・飢饉ききん、内乱などが挙げられてきた。著者は、それらの相乗効果により、文明の「システム崩壊」が起きたのではないかと推測し、古代グローバル文明の興亡は、現代のグローバリズムの運命につながると警鐘を鳴らす。著者の前著『トロイア戦争』も邦訳が待たれる。安原和見訳。

     ◇Eric H.Cline=1960年生まれ。歴史家・考古学者。米ジョージ・ワシントン大古典学・人類学教授。

     筑摩書房 2400円

    2018年03月12日 05時24分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
    大手町モールのおすすめ
    帆布鞄
    リンク