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    読売新聞の読書委員らによる書評のコーナーです。
    評・坂井豊貴(経済学者・慶応大教授)

    『コンドルセと〈光〉の世紀 科学から政治へ』 永見瑞木著

    「誤り」を前提とする発想

     コンドルセは、フランス革命の時代に生きた、実に多面的に活躍した学者である。もともと彼は数学者として身を立てたが、経済や政治に深く関わるようになり、革命後にはジロンド派の憲法草案を起草した。投票理論の創始者、公教育論の先駆者、パリ王立科学アカデミーの代表的人物としても知られている。

     しかしコンドルセの思想の全貌ぜんぼうは長らく不明であった。同時代のさまざまな社会問題に一石を投じ続けた彼は、無数の論説を残したが、思想を包括的に書き残してはいないのだ。いわば氷山の一角はいくつも見えるのだが、その全体は不明である。とはいえそれらの一角は、全体が巨大で、壮麗であることを予感させる。

     本書が明らかにしたコンドルセの思想と構想は実に壮大だ。その核にあるのは「人間は判断を誤りうる」という可謬かびゅう性である。だから彼は可謬性を前提とする政治制度を構想した。たとえば有権者は政治家の選出で誤るかもしれないから、その可能性を低減する方式を構築する。政治家は間違った法律を立法するかもしれないから、有権者が異議申し立てしやすい制度を確立しておく。反省的な問い直しに開かれていることを、コンドルセは何より重視した。この発想は政治的決定の硬直性や、官僚的な無謬むびゅう性の対極にある。

     「ポスト真実」と呼ばれる今日の時代への示唆も多い。たとえばコンドルセは、立候補者が主張をぶつけ合う選挙集会に否定的である。限られた時間での議論は、内容の十分な検証ができず、真実よりも中傷が、人物の長所よりも厚かましさが勝ることになるからだ。慧眼けいがんであろう。

     コンドルセは革命後の動乱期に、恐怖政治を敷くロベスピエールに敵視され、欠席裁判で死刑を宣告された。逃亡生活を送ったが、やがて捕縛され非業の死をとげた。彼に思想の全容を記す時間はなかったのだ。だからこそ、本書は意義深い。学問に深い信頼を寄せたコンドルセに、学問が時代を越え報いた一冊である。

     ◇ながみ・みずき=立教大助教(政治学史)。主な論文に「コンドルセにおける公教育の構想」。

     白水社 3400円

    2018年03月19日 05時25分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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