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    読売新聞の読書委員らによる書評のコーナーです。
    評・藤原辰史(農業史研究者・京都大准教授)

    『ナチズムに囚われた子どもたち 上・下』 リン・H・ニコラス著

    凄惨を極めた受難史

     大人ではなく、子どもの目にナチ時代はどう映っていたのだろうか。選挙権もなく、病気や飢えに弱い子どもは、あの時代をどう生きたのか。本書は、ナチスの登場から崩壊後の数年にいたるまで、ドイツ国内と、独ソによって侵攻・占領された中東欧地域での子どもたちの受難を描いた分厚い歴史書である。

     本当にさまざまな子どもたちが登場する。ヒトラー・ユーゲントやドイツ乙女団で青春を謳歌おうかしたり、人種主義をたたき込まれたりする子どもについては、比較的知られていよう。ほかにも疎開、安楽死、親との別れ、強制収容所への連行、強姦ごうかん、餓死など、本書は子どもたちの受難を網羅的に提示する。とりわけ、1944年6月にギリシアのディストモで起こった、パルチザンの攻撃に対する親衛隊の報復の描写は印象的だ。三五〇人の死者のうち、半数以上が子どもだったと推定されており、子どもどころか胎児までもいたぶり殺す、凄惨せいさんを極めるものであった。また、ナチスの崩壊とともに集団自殺に巻き込まれた乳児や、ベルリン市街戦のとき、敵軍の戦車を爆破して捕虜になった八歳の子どもにも言及されている。

     だが、子どもは歴史にただ翻弄ほんろうされるだけの客体ではなかった。抵抗組織に入り非合法のビラを普通の新聞に紛れ込ませて配ったり、パルチザンに参加し武器を握ったり、空襲の最中、瓦礫がれきを掘り起こす作業を大人に任せられたり。戦争終了後に食料配給の手伝いを大人に任され、はりきってテキパキこなした子どもたちの姿が、本書のなかでほとんど唯一明るい場面である。戦時戦後の食糧史としても有意義な本だ。

     悲劇は戦後も続く。生き別れた親の行方を探ることの困難、飢餓への恐怖、そして孤独が待ち構えている。ナチ崩壊後七三年を経たいまも、子どもへの残虐とそれへの抵抗は世界中に存在する。最後に示されるこの事実が実は最も戦慄せんりつすべきことかもしれない。若林美佐知訳。

     ◇Lynn H.Nicholas=歴史家。著書に『ヨーロッパの略奪 ナチス・ドイツ占領下における美術品の運命』。

     白水社 上4800円、下5200円

    2018年06月04日 05時28分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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