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    読売新聞の読書委員らによる書評のコーナーです。
    評・土方正志(出版社「荒蝦夷」代表)

    『モンテレッジォ 小さな村の旅する本屋の物語』 内田洋子著 『ヴェネツィアの出版人』 ハビエル・アスペイティア著

    本を作る、本を売る

     まず読者は「えっ、こんな村があったの」とおどろくに違いない。イタリア半島の山奥の小さな村モンテレッジォ。本書によると現在の人口わずか三二人。限界集落状態なのだが、かつてこの村は本の行商で栄えた。交通も流通も未発達ないまから二百年ほど前、冷害に苦しむ村人たちが本の行商を思い立った。どうやら本を欲している人たちが各地にいる、それなのにその人たちに本が届いていない。ならばこちらから売りに行こう。かくしてモンテレッジォは本の行商で知られる村となり、都市の出版社も流通の担い手として村を頼るようになる。やがて行商人たちは各地に本屋さんとして根付く。

     そんな本屋さんと出会ったイタリア在住の内田さんが、本の村の歴史に迷い込んで、ノンフィクションというより、紀行エッセイか。たとえば村の「本祭り」。各地に散った行商人の子孫や親類縁者が村に帰って来る。「露店商賞」なる文学賞まである。栄えある第一回受賞作はヘミングウェー『老人と海』。写真がいい。本書の表紙を包み込む緑に抱かれた村の全景と本文に差し挟まれた村の景色、そしてイタリアの「本のある風景」がじんわりと温かく、はじめて見るのになぜかなつかしい。本好きならきっと行ってみたくなる風景であり、いとおしくなる本である。

     そして『ヴェネツィアの出版人』は、モンテレッジォ生まれの本屋さんが我らが恩人として内田さんにその名を示したルネサンス期の印刷出版業者アルド・マヌツィオの伝記小説。グーテンベルクの印刷術を駆使して、現在の本の原型を作り上げた「商業印刷の父」の波瀾はらん万丈の生涯をスペインの編集者にしてダシール・ハメット国際推理小説賞受賞作家の著者が、おそらくは虚実ないまぜのみごとな娯楽作に仕上げた。本を作る、本を売る。その原点を知れば、いまここに本がある幸せが、ひとつの奇跡にまで思える。本欄の読者なら、この気持ち、わかってくれるはずだ。八重樫克彦、八重樫由貴子訳。

     ◇うちだ・ようこ=1959年生まれ。ジャーナリスト

     ◇Javier Azpeitia=1962年生まれ。作家・編集者。

     『モンテレッジォ 小さな村の旅する本屋の物語』方丈社 1800円

     『ヴェネツィアの出版人』作品社 2800円

    2018年06月11日 05時24分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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