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    読売新聞の読書委員らによる書評のコーナーです。
    評・坂井豊貴(経済学者・慶応大教授)

    『「イノベーターのジレンマ」の経済学的解明』 伊神満著

    逃れられない盛者必衰

     グーグルやアップルやアマゾンが旧来の企業を追いやるなか、起業やスタートアップが持てはやされて久しい。イノベーション(革新)は新しい企業から生まれるもので、ふるい企業にその力は乏しいからだという。だが新企業が旧企業より強いというのは実は奇妙なことだ。旧企業も、かつてはイノベーションを起こした新企業であり、勝ち残ったから旧企業になれたのだ。蓄積された資金、信用、営業力、開発能力などについて、新企業が軽々しく追い越せるものではないはずだ。

     かつて経営史家のクリステンセンは著書『イノベーターのジレンマ』のなかで、この謎に取り組んだ。彼の導いた答えは次のとおりだ。社内の「主力製品」が市場を席巻しているうちは、何も問題ない。しかし新たなイノベーターが競合相手として現れると、「主力部門」の出身者が多い経営陣は、過去の成功体験に引きずられ、対応に失敗してしまう。

     著者はこの説明に不満をおぼえる。成功体験に引きずられて失敗とは、結局は「バカだから失敗した」と言っているようなものだからだ。著者が注目するのは「共喰ともぐい」である。そもそも旧企業の社内に、「主力部門」に対抗するイノベーションを起こすインセンティブ(誘引)は乏しい。イノベーションを起こせたところで、自社の主力部門と競合し、「共喰い」を起こすからだ。

     これは結論の一端にすぎないし、本書の醍醐だいご味は結論に至るまでのミステリー小説のような探索の過程である。「結論だけなら誰でも言える。根拠が無くても言える」という著者は、自説を支える根拠を丹念にデータ分析し、その概要を平易に説明する。痛感させられるのは、盛者必衰という法則の強さだ。現在や過去の盛者を優遇することより、次世代の盛者が育つ邪魔をしないことが、はるかにイノベーションには重要なのだ。明るい調子で書かれた本だが、既存企業の存続にばかり目を向ける論議には、強く警鐘を鳴らす。

     ◇いがみ・みつる=1978年、東京都生まれ。証券アナリストを経て米エール大准教授。専門は産業組織論。

     日経BP社 1800円

    2018年06月11日 05時23分 Copyright © The Yomiuri Shimbun
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